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だれが書いたのか ― 文書仮説をめぐる二百年の探究

旧約聖書の最初の五巻、トーラーはだれが書いたのか。同じ出来事が二度語られ、神の呼び名が場面によって変わる――こうした手がかりから、複数の資料が編み合わされたとする文書仮説が生まれた。ヴェルハウゼンのJEDP説から近年の議論まで、信仰の真偽には踏み込まず、聖書学の歩みとして読む連載第15話。

2026年6月20日

ここまで物語を追ってきた読者の多くは、第1話で触れたある事実を覚えておられるかもしれない。旧約聖書は一人の作者が一気に書いた書物ではなく、長い年月をかけて複数の伝承が編み合わされていったと広く考えられている、という話である。今回はいったん物語の流れを離れ、その編集の問題に正面から向き合う。旧約聖書の最初の五巻、ユダヤ教でトーラーと呼ばれる律法の書は、伝統的にはモーセが記したとされてきた。けれども近代の学問は、本文そのものに残された手がかりから、この成り立ちにもっと複雑な事情があったのではないかと考えるようになる。ここで扱うのはあくまで書物がどう作られたかという学術的な問いであり、信仰の真偽を裁くものではない。その点をはじめに断ったうえで、聖書学の歩みをたどってみよう。

  1. 17世紀

    トーラーをモーセ一人の著作と見ることへの疑問が、一部の思想家から提起され始める。

  2. 18世紀

    神の呼び名の違いなどから、複数の資料が混在しているのではないかという見方が示される。

  3. 1878年

    ヴェルハウゼンが主著を発表し、J・E・D・Pの四資料からなる文書仮説を体系化したとされる。

  4. 20世紀

    文書仮説が聖書学の主要モデルとなる一方、修正や批判も重ねられていく。

  5. 20世紀末以降

    より後代の編集を重視する説や、四資料説を見直す議論など、多様な立場が並び立つ状況が続く。

同じ話が二度ある ― 手がかりは本文の中に

文書仮説の出発点は、外から持ち込まれた疑いではなく、本文そのものに残された不思議な特徴だった。注意深く読むと、トーラーのなかには同じような出来事が二度語られている箇所や、細部の食い違う並行した記述が、いくつも見つかる。第1話で触れた、性格の異なる二つの創造物語が冒頭に並んでいることも、その一例である。洪水の物語にも、入る動物の数などをめぐって、整合しにくい記述が重なっていると指摘されてきた。

もう一つ大きな手がかりとされたのが、神の呼び名の違いである。ある箇所では神は固有の名で呼ばれ、別の箇所では一般的な呼び方が用いられる。この使い分けに一定の傾向があることに、研究者たちは早くから気づいていた。さらに、文体や関心の置きどころ――儀式や系図を細かく記す部分と、生き生きとした物語を語る部分――にも、明らかな違いが見てとれる。これらを総合すると、トーラーはもともと別々に成立した複数の資料を、後の編集者がつなぎ合わせて作ったのではないか。そう考えると、二重の記述も呼び名の揺れも、無理なく説明がつくように思われたのだ。

ヴェルハウゼンと、JEDPという見取り図

こうした観察を一つの大きな体系へまとめあげたのが、十九世紀ドイツの聖書学者ユリウス・ヴェルハウゼンだった。彼は1878年の主著で、トーラーがおもに四つの資料から成るとする見方を整理し、強い説得力をもって提示したとされる。後に頭文字でJEDPと呼ばれるこの四資料は、それぞれ神の呼び名や文体、関心の違いによって区別されると考えられた。神を固有の名で呼ぶ傾向の資料、一般的な呼び方を好む資料、申命記に集約される律法的な資料、そして儀式や系図に強い関心を示す祭司的な資料、という見取り図である。

ヴェルハウゼンの仕事が画期的だったのは、四つの資料を単に並べただけでなく、それらに成立の順序を与え、イスラエルの宗教が時代とともにどう発展していったかという一つの歴史像として描いたことだった。この枠組みは大きな説得力をもち、その後およそ一世紀にわたって、モーセ五書研究の主要なモデルであり続けたと評されている。複雑きわまる書物を、いくつかの層に解きほぐして見せたこの仮説は、近代聖書学の最大の達成の一つに数えられている。

揺れ動く定説 ― 近年の議論

もっとも、文書仮説は完成した定説として固まったわけではない。むしろ二十世紀を通じて、絶え間ない修正と批判のなかで姿を変えてきた。たとえば、文字に書かれる前の口伝の伝承の役割を重視する立場や、四つの資料という区分を細かく問い直す立場、あるいは資料の成立年代をヴェルハウゼンの想定より後の時代に置こうとする立場などが、次々に現れる。とりわけ二十世紀の終わりごろからは、文書仮説の前提そのものに疑問を投げかける研究も増え、トーラーの成立をめぐる見解は、かつてのような一つの定説に収まらない、多様な状況へと移っていったとされている。

このことは、文書仮説が誤りだったという意味ではない。むしろ、トーラーが長い時間をかけて何度も手を加えられながら現在の形になった、という基本的な洞察は、今も広く共有されている。揺れているのは、その過程をどう細かく再構成するかという部分である。一人の天才が一気に書いた書物ではなく、世代を超えた多くの手が織り上げた集成。第1話で示したこの見方は、二百年に及ぶ聖書学の探究によって、いっそう確かなものになってきたと言えるだろう。

日本でも、こうした聖書学の成果は早くから紹介されてきた。神学校や大学での研究を通じて文書仮説は翻訳・解説され、旧約聖書を歴史的・文学的に読む視点が学界に根づいていく。信仰の有無にかかわらず、この巨大な書物を人類の文化遺産として分析的に読む態度は、日本の知的伝統のなかにも着実に受け継がれてきた。

書物の成り立ちをめぐる長い回り道は、ここまでにしよう。だれが書いたのかという問いに完璧な答えはまだありませんが、私たちはこの書物が驚くほど多層的で、長い時間の産物であることを確かめた。次回はふたたび歴史の舞台へ戻る。捕囚から解き放たれた人々が、荒れ果てた故郷へ帰り、もう一度神殿と共同体を立て直していく――ペルシア時代の再建の物語へ、歩みを進めていきよう。

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