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約束の地と『ヘレム』 ― 苛烈な命令を、どう読むか

ヨシュア記は、約束の地カナンの征服を語る。そこには、住民を滅ぼし尽くせという苛烈な命令――ヘレムが記されている。この記述をどう読むべきか。考古学の慎重な知見と、倫理をめぐる問いを手がかりに、断罪も正当化もせず、品位をもって向き合う連載第8話。

2026年6月20日

荒れ野の旅を終えた民は、いよいよ約束の地カナンへと入っていく。それを語るのがヨシュア記である。指導者モーセの後を継いだヨシュアに率いられ、民は川を渡り、城壁の町を攻め、土地を分け取っていく。勇壮な征服の物語である。けれどこの書物には、現代の読者が立ち止まらざるをえない、苛烈な命令が記されている。征服した町の住民を滅ぼし尽くせ、という命令――ヘレムと呼ばれるものだ。今回は、この重い記述をどう読むべきかという問いに、考古学の慎重な知見と倫理の視点を手がかりに、断罪も正当化もせず、できるかぎり誠実に向き合っていく。

  1. 前13〜前12世紀頃

    カナンの地でイスラエルと呼ばれる人々の存在が確認され始める。土地に定着していった過程には諸説ある。

  2. 前12世紀頃

    ヨシュア記や士師記が語る、カナンへの進出の時代とされる。征服か漸進的な定着かをめぐり議論がある。

  3. 前7世紀頃

    ヨシュア記が現在に近い形へ編まれていったとする見方がある。後代の視点が反映されているとされる。

  4. 20世紀以降

    エリコやハツォルなどで発掘が進み、聖書の征服記述と考古学的所見の関係が詳しく検討される。

  5. 現代

    ヘレムの記述をめぐっては、歴史的・倫理的・神学的にさまざまな読み方が提示されている。

ヨシュア記が語る征服

ヨシュア記の物語は、力強い場面の連続である。民はヨルダン川を渡り、最初の難関である城壁の町エリコへ向かう。よく知られた逸話では、民が町を巡り、角笛を鳴らし、ときの声をあげると、城壁が崩れ落ちたと語られる。続いて民は各地の町を攻め、北の有力な都市ハツォルをも陥れていく。こうしてヨシュア記は、約束の地が短期間のうちに征服され、各部族に分け与えられていく様子を、整然とした構成で描いていく。

物語としては、これは長い旅の到達点であり、解放の物語の完結篇でもある。エジプトを脱し、海を渡り、荒れ野をさまよった民が、ついに約束された土地に立つ。その達成感は、物語全体に大きな区切りを与えている。けれども、その達成は無条件の祝祭としては描かれない。征服には、ヘレムという苛烈な命令がともなっていたからである。

ヘレムという、重い命令

ヘレムとは、ある対象を神にささげるものとして、ことごとく滅ぼす、あるいは人の手から完全に断つという考え方を指すとされる。ヨシュア記では、征服した町の住民をこのヘレムのもとに置く、すなわち滅ぼし尽くすという命令が、いくつかの場面で語られる。現代の人権意識から見れば、これはきわめて苛烈で、受け入れがたい記述である。この点をやわらげたり、なかったことにしたりするのは、誠実な態度ではないだろう。

ではこの記述を、どう受けとめればよいのだろうか。ここでは、いくつかの慎重な読み方があることを紹介するにとどめる。第一に、文学的・修辞的な誇張という観点である。古代オリエントの戦勝の記録には、敵を完全に滅ぼしたと誇張して語る定型的な表現が広く見られ、ヨシュア記の記述もそうした古代の語り口の一つとして読むべきだ、とする見方がある。第二に、編まれた時代の視点という観点である。研究者のなかには、ヨシュア記が実際の征服から大きく時を経た後代に、当時の信仰共同体の課題意識のもとで編まれた可能性を指摘する人もう。つまり、過去の戦いの記録というより、後の世の問いを過去に投影した物語の側面がある、というわけである。いずれの読み方も一つの仮説であり、これが答えだと断定できるものではない。

考古学は、何を語るか

歴史としての側面にも、慎重に触れておきよう。ヨシュア記が語るような、短期間での一斉征服が実際にあったのかどうかは、考古学の観点から長く議論されてきた。たとえばエリコについては、発掘の結果、聖書が想定される時代に大きな城壁の町があったとは言いがたいとする見解が示され、征服記述との食い違いが論じられてきた。一方、北の都市ハツォルでは、ある時期に大規模な破壊の痕跡が確認されており、これを聖書の記述と関連づける研究者もうが、破壊の主体や原因については複数の説があり、確定したわけではない。

こうした断片から、近年の研究者のあいだでは、イスラエルの民がカナンに現れた過程は、ヨシュア記が描くような一斉の軍事征服というより、もっと長い時間をかけた漸進的な定着や、現地の社会内部での変化を含む複合的なものだったのではないか、とする見方も有力になっている。ただしこれもなお議論の途上であり、征服か、定着か、その両方かをめぐって、見解は分かれている。確実に言えるのは、聖書の物語と考古学的な所見をそのまま重ね合わせることはできず、両者の関係は慎重に検討すべきだということである。

日本では、こうした聖書の征服物語は、文学や思想の研究対象として読まれる一方、その倫理的な難しさが議論されることも少なくない。苛烈な記述から目をそらさず、しかし安易な断罪にも陥らずに読むという姿勢は、古い宗教文書一般に向き合う際の、一つの成熟したまなざしを示しているとも言えるだろう。

土地に入った民は、やがて部族ごとにばらばらに暮らし、外敵と戦いながら、新しい統治の形を求めていく。次回は、士師と呼ばれる指導者たちの時代から、最初の王サウルの登場、そして羊飼いの少年ダビデが歴史の表舞台に現れるまで――一つの民が王国へと姿を変えていく、王政の幕開けをたどっていきよう。

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