暴排条例と排除の時代
2010年、福岡で全国初の暴力団排除条例が施行され、翌年には全国へ広がった。銀行口座、契約、企業活動――暴力団を社会のあらゆる接点から締め出す仕組みが整っていく。罰の主役が警察から社会そのものへ移った、排除の時代の構造をたどる。
2026年6月13日
前話で見た暴対法は、警察と行政の手で暴力団を締め上げる仕組みだった。組の威力を背景にした要求を行政命令で止め、資金源を細らせる――。それは確かに効果を上げましたが、限界もあった。組は名目を変え、構成員を装い隠し、規制の網をすり抜けていく。要求する側を罰しても、それに応じる側、利用する側がいる限り、カネの流れは完全には絶てない。
そこで、発想が一段階転換する。暴力団を取り締まるのは警察の仕事だ、という前提を超えて、社会の側が暴力団との関わりそのものを断つ――。この考え方を制度にしたのが、暴力団排除条例、通称・暴排条例だった。本話では、罰の主役が警察から社会そのものへと移っていった、この「排除の時代」の構造を冷静にたどる。
福岡から始まった全国化
口火を切ったのは福岡県だった。2010年4月1日、全国で初めての暴力団排除条例が施行される。
この条例の新しさは、暴力団員そのものを罰するだけでなく、暴力団に利益を供与した「市民や企業の側」にも責任を問う点にあった。暴力団の活動や運営に協力する目的で利益を渡すこと、暴力団員に自分の名義を使わせること、暴力団事務所として使われると知りながら不動産を提供すること――こうした行為が禁止され、悪質な場合には罰則の対象とされた。
福岡の動きは全国へ波及する。各都道府県が同様の条例を次々と制定し、2011年には東京都や沖縄県でも施行されて、全国すべての都道府県に暴排条例が出そろった。わずか一年あまりで、暴力団を社会から締め出す枠組みが、日本全土を覆ったのだ。
銀行口座と契約からの締め出し
排除は、日常の経済活動の細部にまで及んでいった。
その象徴が、契約書に盛り込まれる「暴力団排除条項」、いわゆる暴排条項である。これは、契約の相手が暴力団など反社会的勢力でないことを互いに確約し、もし後でそうと判明したら、損害賠償の責任を負うことなく契約を解除できる、と定める条項である。
背景には、条例より少し前、2007年6月に政府が公表した「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」があった。これを受け、銀行をはじめとする金融機関が動く。全国銀行協会は、銀行取引約定書に盛り込むべき暴排条項の参考例を加盟銀行に示し、取引全体から反社会的勢力を排除する流れを後押しした。
結果として、暴力団員と分かれば、銀行口座を作ることも、住宅ローンを組むことも、保険に入ることも、携帯電話を契約することも、段階的に難しくなっていく。普通の暮らしを支えるインフラの一つひとつに、見えない関所が設けられていったのだ。
- 2007
政府が「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」を公表。企業の暴排の指針となる。
- 2010
4月1日、福岡県で全国初の暴力団排除条例が施行。利益供与した側にも責任を問う。
- 2011
東京都・沖縄県などで施行され、全国すべての都道府県に暴排条例が出そろう。
企業の暴排 ― 取引を断つという防衛
企業にとって、暴排は単なる法令順守の課題にとどまりなかった。
反社会的勢力と取引してしまえば、その事実が明るみに出たときに信用を失い、事業そのものが揺らぐ。だからこそ各企業は、取引先や契約相手が暴力団と関わりがないかを事前に確認する「反社チェック」を業務に組み込むようになった。新規の取引、出店、採用――あらゆる接点で、相手が反社会的勢力でないことを確かめる手続きが当たり前になっていく。
こうして、暴力団を排除するコストと責任の一部が、警察から民間企業へと移った。社会のあらゆる窓口に、暴力団を通さないためのフィルターが設けられていく。これは、国家が一手に担っていた取り締まりを、社会の各構成員に分散させる仕組みだったともいえる。
この分散には、合理的な狙いがあった。警察の人員には限りがあり、あらゆる取引を一つひとつ監視することはできない。けれども、銀行が口座開設の窓口で、企業が契約の入口で、それぞれ暴力団との関わりを断てば、無数の小さな関所が社会のいたるところに同時に生まれる。一カ所の大きな防壁ではなく、薄い網を社会全体に張りめぐらせる発想である。その結果、暴力団は、どこか一つの抜け道を見つけても、次の窓口でまた弾かれることになった。排除は、点ではなく面で機能するようになっていったのだ。
排除がもたらしたもの、残した課題
暴排条例の広がりとともに、暴力団は確実に追い詰められていった。表立って資金を集める道は細り、社会の接点は次々に閉ざされ、構成員でいることの不利益は年々大きくなっていく。後に統計が示すように、構成員の数はこの時期を境に長い減少へと向かっていった。
ただし、排除の徹底には、別の問いも伴った。組を抜けて足を洗おうとする元構成員もまた、口座や契約から締め出された状態に置かれることがある。社会へ戻る道が狭ければ、かえって裏の世界にとどまらざるを得ない人が生まれかねない――。この「出口」をどう設計するかは、排除という強い施策がつねに抱える課題として残されました(この点は最終話であらためて考える)。
罰の主役は、警察から社会そのものへと移った。暴対法が組織を締め上げ、暴排条例が社会との接点を断つ。二つの仕組みがかみ合って、裏社会は経済の土台から崩されていく。百年近く続いてきた集団の居場所は、急速に狭まっていった。
しかし、ある場所が閉ざされれば、人とカネは別の隙間を探する。組織に属し、名乗りを上げ、縄張りを持つ――そうした古い形のままでは、もはや生き残れない。だが、排除された空白に、組織に属さない新たな存在が現れるのだ。
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