半グレと変容する裏社会 ― 見えなくなった暴力
暴対法と暴排条例に追い詰められた暴力団は、弱体化と分裂を重ねていく。その空白に現れたのが、組織に属さない半グレや、特殊詐欺を担う匿名・流動型の集団だった。見えにくくなった現代の裏社会を、報じられた範囲で構造として読み解く。
2026年6月13日
前回、私たちは暴力団排除条例が全国へ広がり、銀行口座や契約、企業活動の隅々から暴力団を締め出していく様子を見た。法律で団体を指定し、社会のルールでカネと縁を断つ。この二段構えの包囲は、確かに効いた。構成員の数は減り続け、かつて街に張り巡らされていたみかじめ料の網も、表向きには細っていく。
けれども、社会の側に生まれた「儲かる犯罪の余地」や「弱い立場の人をだまして奪う仕組み」までが、それで消えたわけではなかった。排除によって生まれた空白には、別のかたちをした存在がにじり寄ってくる。この章では、弱体化し分裂していく暴力団と、組織に属さないまま動く新しい集団――半グレや、近年「匿名・流動型」と呼ばれるようになった犯罪グループ――を取り上げ、現代の裏社会がなぜ「見えにくく」なったのかを、報じられた範囲でたどる。
締め上げられ、分かれていく組織
暴対法と暴排条例の二十年は、暴力団を数の上でも実態の上でも確実に縮ませた。警察庁の統計によれば、構成員と準構成員を合わせた勢力は十八年連続で減り続け、二〇二二年末には二万二千人ほどと、統計の残る一九五八年以降で最も少なくなったと報じられている。最盛期とされる一九六〇年代前半の十八万人規模と比べれば、ほぼ一割の水準である。
組織が痩せていくなかで、内部の対立も表面化した。資金源が細り、上納金の負担と見返りの釣り合いが崩れていくと、組織は内側からきしむ。大きな団体が分裂し、対立したと報じられた例もあり、結束を支えてきた義理や序列という枠組み自体が、経済的な行き詰まりのなかで揺らいでいった。任侠という自己像は、もはや組織を一つにまとめる接着剤としては弱くなっていたのだ。
看板を持たない者たち ― 半グレ
排除の時代に存在感を増したのが、半グレと呼ばれる集団である。暴力団のように指定された団体ではなく、明確な組や名簿を持たないまま、暴力や不法な手段で利益を得るとされる人々を、報道や警察がそう呼ぶようになった。
半グレの特徴は、その輪郭のあいまいさにある。盃を交わして組に入るという固定した加入の仕組みを持たず、知人や元仲間のゆるやかなつながりのなかで、案件ごとに集まり、終われば散る。指定暴力団のように団体として規制する枠組みに当てはめにくいため、警察庁は二〇一三年に、こうした集団を「準暴力団」と位置づけて警戒を強めたと説明している。彼らは特殊詐欺や、繁華街での違法な資金集めなどに関わるとされ、ときに暴力団と結びつきながら、犯罪の手口を悪質化・巧妙化させていると指摘された。
犯罪のかたちが変わる ― 特殊詐欺と匿名・流動型
変わったのは、組織の見た目だけではない。カネを生む方法そのものが移り変わっていった。その象徴が、高齢者などを電話や対面でだまし、お金をだまし取る特殊詐欺である。
特殊詐欺の構造は、ここで手口を細かく語る必要はない。重要なのは、それが「役割の分業」で成り立っているという点である。だます言葉を伝える者、お金を受け取りに行く者、それを指示する者――互いに顔も本名も知らないまま、それぞれが断片的な役割だけを担う。この分業のかたちは、従来の上下関係のはっきりした組織とは性質が異なる。被害をもたらす集団が、ピラミッド型の団体から、ばらばらに結びつくネットワークへと姿を変えていったのだ。
近年、警察庁はこうした集団を「匿名・流動型犯罪グループ」、略してトクリュウと呼ぶようになった。中心人物が匿名性の高い通信手段の陰に隠れ、実際に手を下す者は、いわゆる「闇バイト」などを通じて入れ替わり立ち替わり集められると説明されている。指示役は秘匿性の高いアプリで命令を出し、実行役は互いの素性を知らないまま動く。捕まるのは末端の実行役ばかりで、中核には手が届きにくい――そうした構造が、被害の拡大と取り締まりの難しさの両方を生んでいると報じられている。
- 2011年
暴力団排除条例が全国の都道府県で出そろい、社会からの締め出しが本格化する。
- 2013年
警察庁が半グレなどを「準暴力団」と位置づけ、警戒対象として明示する。
- 2010年代
特殊詐欺の被害が社会問題として大きく取り上げられ、役割分業型の犯罪が広がる。
- 2022年末
暴力団勢力が約2万2千人と、統計の残る1958年以降で過去最少と報じられる。
- 2020年代
警察庁が「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」を脅威と位置づけ、対策を強める。
ここで注意したいのは、暴力団と半グレ、そしてトクリュウは、きれいに線引きできる別々の存在とは限らない、という点である。元暴力団員が半グレ的な動きをすることもあれば、暴力団がこうした集団に資金集めを委ね、つながりを保っているとされる例もあると報じられている。「組織は弱った」という統計上の事実と、「だまされ、奪われる被害は依然として深刻だ」という現実は、矛盾せず同時に成り立っているのだ。
見えなくなった、ということの意味
こうして振り返ると、現代の裏社会の最大の特徴は、その「見えにくさ」にあると言えそうである。かつての暴力団は、事務所を構え、代紋を掲げ、街に存在を誇示することで、ある種の秩序と威圧を兼ね備えていた。その姿が見えていたからこそ、社会は法律と条例という正面からの包囲で立ち向かうことができた。
ところが、看板を持たない集団や、ネットワーク状に散らばる犯罪は、誰がどこにいるのかが外からは見えない。被害に遭うまで、その存在に気づくことすら難しい。見えていた脅威を押し返した結果として、見えない脅威が前面に出てきた――これは、取り締まりの失敗というよりも、取り締まりの成功がもたらした新しい局面と言うべきものだろう。だからこそ、その評価は単純ではない。
百年にわたって街に存在を刻んできた集団は、いま、数の上では確かに消えつつある。けれども、その背後にある被害の構造は、姿を変えて生き延びている。次の最終章では、激しく減り、そして老いていく暴力団の現在と、足を洗っても戻れない人々が抱える社会復帰の課題を見つめ、この長い物語を、安易な結論を避けながら静かに閉じることにする。
この記事は役に立ちましたか?
フィードバックありがとうございます!