習近平 vs アメリカ・ファースト — 貿易戦争の幕開け
豊かになれば中国は変わる――。その期待は、二人の指導者の登場で崩れ去った。中華民族の復興を掲げる習近平と、アメリカ・ファーストを叫ぶトランプ。2018年、世界最大の二つの経済が、関税という武器を抜き合う。蜜月の終わりを告げる貿易戦争の始まりを描く。
2026年6月12日
ニクソン訪中から半世紀。アメリカが中国に賭けた壮大な期待があった。市場を開き、世界の経済に組み込んでいけば、やがて中国は豊かになり、豊かになれば自由で開かれた社会へと近づくだろう――。この関与(エンゲージメント)政策は、何代もの米政権を貫く前提だった。
ところが2010年代、その前提が音を立てて揺らぎ始める。きっかけは、二人の指導者の登場だった。一人は北京で「中華民族の偉大な復興」を掲げ、もう一人はワシントンで「アメリカ・ファースト」を叫ぶ。世界の二大経済を率いる男たちの価値観は、正面からぶつかり合う運命にあった。
中国の夢 ― 強国へ向かう習近平
2012年11月、習近平が中国共産党のトップである総書記に選出される。翌2013年3月には国家主席にも就き、名実ともに中国の最高指導者となった。
就任まもなく習近平が掲げたのが、中国の夢という言葉だった。総書記就任直後の2012年11月、彼は「中華民族の偉大な復興の実現こそ、近代以降の中華民族の最も偉大な夢だ」と語る。アヘン戦争以来、列強に踏みにじられてきた屈辱の歴史を乗り越え、中国を再び世界の中心へ――。その視線の先には、中華人民共和国の建国百年にあたる2049年に、豊かで強い「社会主義現代化強国」を築くという長期目標が据えられていた。
それまでの中国は、鄧小平が遺した「韜光養晦(とうこうようかい)」、すなわち力を隠して時を待つという慎重な外交方針を保ってきたと言われる。しかし習近平の中国は違った。経済力にふさわしい発言力を国際社会で求め、軍を近代化し、巨大経済圏構想「一帯一路」を打ち出していく。控えめに力を蓄える国から、堂々と力を示す国へ。中国の姿勢は明らかに変わったのだ。
アメリカ・ファースト ― 振り上げられた関税
太平洋の反対側でも、地殻変動が起きていた。2017年、「アメリカ・ファースト」を掲げたトランプ政権が発足する。その経済外交の中心には、長年積み上がってきた巨額の対中貿易赤字への強い不満があった。
トランプ政権が問題視したのは、赤字の額だけではない。アメリカ企業が中国に進出する条件として技術の引き渡しを迫られる「強制技術移転」や、知的財産の侵害――こうした構造的な不公正こそが根にあると主張した。通商代表部(USTR)は通商法301条にもとづく調査を進め、その結果を関税という具体的な行動へとつなげていく。
そして2018年、ついに関税が振り下ろされた。3月に約500億ドル相当の中国製品へ25%の関税をかける方針が示され、7月6日、まず340億ドル分の中国製品に追加関税が発動される。8月にはさらに160億ドル分が加わり、9月24日には一気に2000億ドル相当へと対象が拡大された。世界一と世界二位の経済が、関税という武器を抜き合ったのだ。
- 2012/11
習近平が中国共産党総書記に就任。直後に「中国の夢=中華民族の偉大な復興」を提唱。
- 2013/3
習近平が国家主席に就任。強国路線が本格化する。
- 2017/1
「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ政権が発足。対中赤字を強く問題視。
- 2018/7
米国が340億ドル分の中国製品へ追加関税を発動。中国も即座に報復関税で応酬。
- 2018/9
米国の追加関税が2000億ドル相当へ拡大。貿易戦争が本格化。
- 2020/1
米中が「第一段階の合意」に署名。中国が米製品の大量購入を約束したが、緊張は残る。
報復の連鎖と、つかの間の休戦
アメリカが関税を打てば、中国も黙ってはわない。中国は大豆や自動車をはじめとする米国製品へ、同等規模の報復関税で応じた。狙われたのは、トランプ政権の支持基盤である農業州の産品だった。攻撃には攻撃を、政治の急所には政治の急所を――。関税の応酬は、たがいの痛点を突き合う消耗戦の様相を帯びていく。
この貿易戦争は、両国の経済だけでなく、世界中のサプライチェーンを揺さぶった。中国で組み立て、世界へ輸出するという、長年かけて築かれた効率的な分業体制に、関税という摩擦が持ち込まれたのだ。企業は生産拠点の見直しを迫られ、「チャイナ・プラスワン」――中国に加えて別の国にも拠点を分散させる動きが加速したと報じられた。
激しい応酬の末、2020年1月、両国はいったん矛を収める。中国がアメリカからの輸入を大幅に増やすことなどを約束した「第一段階の合意(フェーズ・ワン)」に署名したのだ。表面上は休戦だった。しかし関税の多くはその後も残り、不公正な慣行をめぐる根本的な対立が解けたわけではない。これは終戦ではなく、束の間の停戦にすぎなかったのだ。
関税の先にあったもの
貿易戦争は、米中関係の性質そのものが変わったことを、世界にまざまざと見せつけた。かつて両国を結びつけていたのは「たがいに儲かる」という経済的な実利だった。安い労働力を求めるアメリカ企業と、雇用と技術を求める中国。その利害の一致が、政治的な溝を覆い隠してきたのだ。
ところが関税戦争は、その覆いを引き剥がした。経済の相互依存は、もはや友好の証ではなく、むしろ「相手に首根っこを握られた弱み」として意識されるようになる。たがいに依存しすぎることへの不安――これこそが、その後の米中対立を貫く新しい感情だった。
そして関税の応酬を続けるうちに、両国はもっと重要なことに気づく。安い製品をどちらが売るかという次元の戦いは、じつは入口にすぎなかった。本当の主戦場は、次世代の覇権を左右する技術そのものにある――。半導体、通信規格、人工知能。目に見える「モノ」の関税から、目に見えない「技術」の支配権へ。戦いの舞台は、静かに、しかし決定的に移っていこうとしていた。
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