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ITバブルとリーマン・ショック

2000年前後、インターネットへの期待が膨らんだドットコム・バブルと、その崩壊。そして2008年、証券化商品の暴走が引き起こしたリーマン・ショックと世界金融危機。新しい世紀の市場が、二つの巨大な崩落を通じて世界を揺るがした軌跡を、技術への希望と金融工学の影の両面から中立に描く。

2026年6月13日

前話で私たちは、日本のバブルとその崩壊を見た。膨らみきった資産が実体へ引き戻されるとき、いかに長い痛みが残るかを、日本は身をもって示した。だが、市場は決して懲りない。新しい世紀の入り口で、世界はまた別の熱狂へと足を踏み入れていく。

二十一世紀の最初の十年は、二つの巨大な崩落で挟まれている。ひとつは、インターネットへの期待が膨らんで弾けたドットコム・バブル。もうひとつは、金融工学が生んだ複雑な商品が暴走し、世界経済そのものを震わせたリーマン・ショックである。この回では、希望が生んだバブルと、金融の精密さが生んだ危機という、性格の異なる二つの事件を見ていく。

新世紀の夢 ― ドットコム・バブル

1990年代後半、インターネットが一般家庭に普及しはじめると、人々はこの新技術が世界を一変させると確信した。その確信は、株式市場で爆発的な熱狂へと姿を変えた。社名に「ドットコム」とつくだけで、利益を一円も出していない新興企業の株価が、天井知らずに跳ね上がっていく。アメリカの新興企業向け市場、ナスダック総合指数は急騰を続け、2000年3月10日に5048という最高値を記録したとされる。

この熱狂は、太平洋を越えて日本にも波及した。ソフトバンクやヤフー、オン・ザ・エッジ(後のライブドア)といったネット関連企業が市場をけん引し、2000年2月には、あるネット企業の株価が一株あたり一億円を超える水準に達したと伝えられる。「ニューエコノミー」という言葉が流行し、もはや古い物差しは通用しない、利益ではなく成長性こそが価値なのだ――そんな空気が市場を覆った。

頂点は長く続かなかった。アメリカの中央銀行が利上げに転じ、過熱に冷や水が浴びせられると、ナスダックは急落をはじめる。2000年から2002年にかけて、指数はピークの五分の一近くまで下落したとされる。日本でも、新興企業の株は次々と暴落し、一億円を超えたあの株も、ピークの百分の一近くまで沈んだ企業もあったと伝えられる。無数のドットコム企業が消えていった。だが、この崩壊を生き延びた一握りの企業が、後に世界を支配する巨人へと育っていくことになる。

静かに膨らんだ、もうひとつの泡

ITバブルの傷がまだ癒えぬ頃、まったく別の場所で、次の泡が膨らみはじめていた。今度の舞台は、新興企業の株ではなく、アメリカの住宅と、それを材料にした金融商品だった。

低い金利を背景に、アメリカでは住宅価格が上昇を続けた。値上がりが続くなら、信用力の低い人に貸しても、いざとなれば住宅を売れば回収できる――そんな理屈のもと、サブプライムローンと呼ばれる、信用力の低い層向けの住宅ローンが大量に組まれた。ここまでは、土地神話を信じた日本のバブルと、構造はよく似ている。

しかし、ここから先が新しかった。金融機関は、これらの住宅ローンを大量に束ね、証券として切り分けて世界中の投資家に売りさばいたのである。住宅ローン担保証券(MBS)、さらにそれらを組み合わせた債務担保証券(CDO)。複雑に加工されたこれらの証券化商品は、格付け会社から高い評価を与えられ、安全な投資先として世界中の銀行や年金基金に行き渡っていった。

2008年9月 ― 世界が凍りついた日

2006年頃から住宅価格が頭打ちになると、前提は静かに崩れはじめた。値上がりを当て込んだローンの返済が滞り、サブプライムローンの焦げつきが増えていく。すると、それを材料にした証券化商品の価値が一斉に下落した。世界中に行き渡っていたはずの「安全な資産」が、突然、誰も値段をつけられない不良資産へと変わったのである。

そして2008年9月15日、アメリカの名門投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻した。負債総額は約6000億ドルにのぼり、アメリカ史上最大規模の倒産とされる。創業から150年以上を数えた老舗の崩壊は、市場に底知れぬ恐怖を呼んだ。次はどの金融機関が倒れるのか――誰もが疑心暗鬼に陥り、銀行どうしの資金の貸し借りすら凍りついた。世界の金融システムそのものが、機能不全の淵に立った。

  1. 2000

    3月10日、ナスダック総合指数が5048の最高値。ドットコム・バブルの頂点とされる

  2. 2002

    ナスダックがピークの五分の一近くまで下落。IT関連株の崩壊が一段落する

  3. 2007

    サブプライムローンの焦げつきが表面化。証券化商品の価値が揺らぎはじめる

  4. 2008

    9月15日、リーマン・ブラザーズが破綻。世界金融危機へと連鎖していく

衝撃は、アメリカにとどまらなかった。証券化商品を抱えた欧州の銀行も危機に陥り、株価は世界中で暴落した。実体経済も急速に冷え込み、各国は大規模な金融緩和と財政出動で危機の連鎖を食い止めようとした。第4話で見た1929年の世界恐慌以来とも評される、グローバルな金融危機だった。市場が国境を越えてつながった世界では、一国の住宅ローンの綻びが、瞬く間に地球全体を揺さぶる。連動の利便は、そのまま連鎖の危うさでもあった。

二つの崩落が教えたこと

ドットコム・バブルとリーマン・ショック。性格の異なる二つの事件は、しかし同じ核心を共有している。人間は、目の前の上昇を「これからも続く」と信じたがる、という事実である。新技術への希望であれ、住宅価格への信頼であれ、上がり続けるという物語が、冷静な計算を押し流していく。

同時に、この十年は新しい教訓も刻んだ。金融工学が市場をかつてなく複雑にし、リスクを誰も見通せないところまで細分化したとき、市場は思いもよらない形で暴走しうる、ということだ。仕組みが高度になればなるほど、その中で何が起きているのかは、専門家にすら見えにくくなる。市場の主役は、もはや人間の目だけでは追えない領域へと入りはじめていた。

危機のあと、世界は規制を強化し、金融機関への監視を厳しくした。けれど、市場そのもののかたちは、これを境に静かに、しかし決定的に変わっていく。人間の判断に代わって、コンピュータとアルゴリズムが取引の中心へと進み出る時代――次話は、その見えざる主役の物語である。

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