持続可能な五輪へ — 肥大化のその先
招致都市が次々と姿を消し、住民投票が辞退を選ぶ。膨れ上がった開催費に、世界は立ち止まって問い始めた。コロナ下の東京2020、簡素化と既存施設の活用、改革の模索。五輪は何のために、誰のためにあるのか。最終話は、答えを急がずに締めくくる。
2026年6月13日
古代オリンピアの祭典から始まったこの連載は、近代五輪の理想、放映権とスポンサーの巨大ビジネス化、招致をめぐるお金、そしてドーピングという影まで、五輪を動かしてきたお金の世界史をたどってきた。物語はいま、現代へとたどり着く。そこで私たちが目にするのは、繁栄の果てに生まれた、ひとつの逆説である。
かつて、五輪を開くことは都市にとって栄誉だった。世界の注目を集め、街を一新し、国の力を示す絶好の舞台。だからこそ多くの都市が、招致をめぐって激しく競い合った。ところが近年、その風景は静かに変わっていく。手を挙げる都市が、次々と姿を消していったのだ。あれほど望まれた五輪が、いつしか「引き受けたくないもの」になりつつある――。最終話は、この逆説の理由と、その先にある問いを見つめる。
手を挙げる都市が、消えていく
五輪招致から都市が撤退していく背景には、開催費の膨張があった。本連載の第4話で見た1976年モントリオール大会の巨額赤字は、決して過去の話ではない。大会の規模が大きくなるほど、新たな競技施設、交通網、警備にかかる費用は膨れ上がり、その負担はいずれ住民へとのしかかる。
象徴的だったのが、住民投票という民意の壁だった。2024年夏季五輪の招致をめぐっては、いくつもの都市が、財政負担への懸念や住民の支持の欠如を理由に立候補を取り下げたとされる。なかには、住民投票の結果を受けて撤退した都市もあった。市民が、自分たちの税金を巨大なスポーツの祭典に投じることをためらい始めた――。その積み重ねの結果、最終的に残ったのは、ごくわずかな都市だけだった。
立候補都市の減少は、IOCにとっても深刻な事態だった。競い合う都市があってこそ、招致は健全に機能する。そこで2024年と2028年の開催地を同時に決めるという、異例の判断もとられた。五輪を「いかに開くか」以前に、「誰が開いてくれるのか」を案じなければならない時代が、訪れていたのだ。
無観客のスタジアム — 東京2020
肥大化への問いが世界で深まるなか、もうひとつの予期せぬ試練が、五輪を襲った。新型コロナウイルスの世界的な流行である。
2020年に開催されるはずだった東京大会は、史上初めて開催が1年延期された。そして翌2021年、開催にこぎつけたものの、多くの会場が無観客となるなど、かつてない制約のもとでの大会となった。歓声の代わりに、静まりかえったスタジアムに響く選手たちの息づかい。テレビ越しに世界が見たのは、お金や規模ではなく、競技そのものの姿だったのかもしれない。
東京大会では、感染対策とともに、大会の簡素化も進められた。組織委員会の発表によれば、IOCなどの協力のもとで運営を簡素化し、相応の費用削減につなげたとされる。一方で、延期や感染対策にともなう追加の負担も生じ、大会経費の総額は最終的に1兆円を超える規模になったと公表された。華やかさを削ぎ落とした大会は、五輪が本当に必要としているものは何かを、はからずも問いかけることになったのだ。
- 1976
モントリオール五輪の巨額赤字。開催費膨張という問題の原点となる。
- 2014
IOCが改革の指針オリンピック・アジェンダ2020を採択。簡素化・既存施設の活用へ。
- 2017
招致都市の減少を背景に、2024年と2028年の開催地が同時に決定される。
- 2021
東京2020大会が1年延期のうえ開催。多くの会場が無観客となる。
簡素化という、来た道の問い直し
膨張への反省は、改革の模索を生んだ。その中心にあったのが、2014年にIOCが採択した改革の指針である。そこでは、開催費を抑えるための方向性として、新たに豪華な施設を建てるのではなく、既存の施設や仮設の会場を活用すること、複数の都市や地域での分散開催を認めることなどが掲げられた。
これは、五輪がたどってきた道の問い直しでもあった。より大きく、より豪華にと膨らみ続けてきた祭典が、立ち止まり、来た道を振り返る。新設より活用、拡大より持続。その発想の転換は、招致都市が消えていくという現実に、五輪が答えを出そうとした試みだったといえる。
もっとも、改革が十分なのか、見せかけにとどまるのかをめぐっては、さまざまな見方がある。簡素化を歓迎する声がある一方で、根本的な解決には至っていないという指摘もある。五輪が抱える課題は、ひとつの指針で解けるほど単純ではない。けれど、「このままでは続かない」という危機感が、改革を動かす力になったことは確かだった。
五輪は、何のために、誰のために
古代オリンピアで神々に捧げられた祭典は、二千数百年の時を経て、世界中の人々が見つめる巨大な舞台になった。その歩みは、人間の理想と欲望、感動とお金が、分かちがたく絡み合った歴史そのものだった。
商業化は、五輪を赤字の危機から救い、世界中に届ける力を与えた。同時にそれは、招致をめぐる影や、ドーピングの誘惑、そして肥大化という重荷をも招いた。光と影は、最後まで切り離せない。「商業化は五輪を救ったのか、それとも変質させたのか」――この問いに、ひとつの正解を出すことはできないだろう。立場によって、答えはいくつにも分かれる。
それでも、四年に一度、世界は同じ舞台を見つめる。国籍も言葉も超えて、人々が同じ競技に心を動かす瞬間は、確かに存在する。その価値を、巨大化したお金や、繰り返される問題が、どこまで支え、どこまで損なってきたのか。五輪は何のために、誰のためにあるのか――。答えを急ぐ必要はない。問い続けること自体が、この祭典を未来へつなぐ営みなのだと思う。私たち一人ひとりが、次の表彰台を見上げながら、自分なりの答えを探していく。その先にこそ、持続可能な五輪の姿があるのかもしれない。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうござった。お金という切り口から五輪をたどるこの旅が、次にあなたが開会式を見つめるとき、ほんの少しだけ違う景色を見せてくれたなら、これにまさる喜びはない。
【オリンピックとお金 ― 五輪を動かす巨大マネー・完】
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