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招致の闇 — ソルトレークシティ事件

1998年末、2002年冬季五輪を射止めたソルトレークシティの招致をめぐり、IOC委員への金品提供が報じられた。委員の除名という前例なき事態に発展し、IOCは大規模な改革を迫られる。招致をめぐるカネと接待は、なぜ繰り返されてきたのか。公的に確定・報道された範囲で見ていく。

2026年6月13日

前話までで、五輪が放映権とスポンサーによって巨大な富を生む装置へと変わったさまを見てきた。大会を開けば世界中のテレビが映し、世界企業のマネーが流れ込む。その入口に立つのが「開催都市」である。どの都市で五輪を開くかは、IOCの委員たちの投票によって決まった。

そして、富の入口を決める権限があるところには、その権限に近づこうとする力もまた集まる。1990年代、招致を競う各都市が、投票権を持つIOC委員をいかにもてなし、いかに歓心を買うか――その競争は、しだいに常軌を逸した領域へと踏み込んでいった。やがてそれが白日のもとにさらされる事件が、アメリカの一都市で起こる。

一通の報道から崩れた均衡

事の発端は、1998年の末だった。地元の報道機関が、ソルトレークシティの招致委員会が、あるIOC委員の家族の学費を肩代わりしていたことを示す文書の存在を伝えた、とされる。この一報をきっかけに、招致をめぐる金品提供の実態が次々と明るみに出ていった。

報じられたところによれば、ソルトレークシティの招致委員会は、IOC委員やその家族に対し、総額で百万ドルを超える規模の現金、奨学金、医療、高価な贈り物、その他の便宜を提供していたとされる。スキー旅行や観戦チケット、就職の世話に至るまで、その内容は多岐にわたったと報道された。2002年冬季五輪の開催地としてソルトレークシティが選ばれたのは1995年のことでしたが、その勝利の裏で、何が行われていたのか――。社会は強い衝撃を受けた。

ここで踏みとどまっておきたいのは、これらが「報じられた」「とされる」事実だという点である。後に当事者の刑事責任を問う裁判では、有罪の判断は下されなかった。金品の授受そのものは否定されなかった一方で、それが法的に処罰すべき犯罪を構成するかは、また別の問題として争われたのだ。

前例なき除名と、五輪の自己改革

報道を受けて、IOCは自ら調査に乗り出する。そして1999年、IOCは複数の委員を除名する処分に踏み切った。百年を超える歴史を持つこの組織が、これほどの規模で自らの委員を追放するのは、前例のない出来事だったと伝えられる。除名にまでは至らなかった委員にも、警告などの処分が科されたとされる。

組織の屋台骨に関わる事態に、IOCは制度そのものの作り直しを迫られた。打ち出された改革案には、委員に年齢や任期の制限を設けること、現役・元アスリートを委員に加えること、そして問題の温床と見なされた「委員が招致都市を直接訪問する慣行」を禁じることなどが含まれていたとされる。あわせて、倫理を監督する委員会の設置など、ガバナンスを強化する措置も導入された。

  1. 1995

    ブダペストでの総会で、2002年冬季五輪の開催地にソルトレークシティが選ばれる。

  2. 1998

    年末、地元報道がIOC委員家族への学費肩代わりを示す文書を伝え、疑惑が表面化したとされる。

  3. 1999

    IOCが調査の末に複数委員を除名。前例なき処分とともに大規模な改革案を打ち出す。

  4. 2003

    招致委員会の元幹部二名の刑事裁判で、米連邦地裁が全訴因について有罪としない判断を示したと報じられる。

なぜ訪問の禁止が改革の柱になったのか。招致都市がIOC委員を現地に招くこと自体は、本来は正当な活動だった。しかし、その「もてなし」が際限なくふくらみ、歓待の競争へと変質していったところに、問題の根があったとされる。接待の機会そのものを断つ――そこに、IOCの危機感の深さがうかがえる。

なぜ疑惑は繰り返されるのか

刑事裁判の決着は、2003年に訪れた。招致委員会の元幹部二名が問われた一連の罪について、米連邦地裁は、有罪を支える証拠が十分ではないとして、訴因を退ける判断を示したと報じられる。当事者側は、金品の提供は認めつつも、それは五輪を勝ち取るために必要で、関係者にも認識された行為だったと主張していたとされる。法廷は、彼らを犯罪者とは断じなかった。

しかし、裁判が一区切りついても、より大きな問いは残った。なぜ、こうした招致をめぐる疑惑は繰り返されるのか、という問いである。前話までで見たとおり、五輪の開催権は、放映権とスポンサーが生む巨大な富への入口だった。その入口を一握りの委員の投票が左右する以上、票を持つ者へ働きかけようとする力は、構造的に生まれ続ける。

実際、ソルトレークシティの後も、別の大会の招致をめぐって不正の疑いが取り沙汰され、捜査の対象となった例があると報じられてきた。一つの事件への改革が、必ずしも次の疑惑を防ぎきれていない――その現実は、問題が個人の資質だけでなく、富と投票が結びつく仕組みそのものに根ざしている可能性を示唆している。

巨大なマネーが集まる入口で、人の欲がどう動いたか。ソルトレークシティ事件は、それを最も鮮明に映し出した出来事の一つだった。富が大きくなるほど、その分配を決める場所には強い圧力がかかる――五輪が抱えこんだこの構造的な難題は、招致の場だけにとどまらない。招致を蝕んだカネは、やがて競技そのものの公正さにも牙をむくのだ。

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