TOPプログラム — 世界企業のオリンピック
1985年、IOCは世界のトップ企業だけを集めるスポンサー制度TOPを立ち上げた。五つの輪は地球上で最も知られたマークの一つとなり、コカ・コーラら巨大企業がその独占的な使用権を競う。一方で、正規スポンサーの座を金で買わずに祭典へ便乗する「アンブッシュ」との戦いも始まった。
2026年6月13日
前話で見たように、1984年のロサンゼルス五輪は、テレビ放映権とスポンサーという二つの金脈を掘り当てた。とりわけ「業種ごとに一社だけ」とスポンサーを絞り込む手法は、企業に高額を払わせる代わりに特別な地位を約束し、商業五輪のモデルを確立した。
しかし、この成功には一つの限界があった。ロサンゼルス大会のスポンサー契約は、あくまでその一回の大会、その開催国を中心とした取り決めだったのだ。世界中で事業を展開する多国籍企業からすれば、四年ごとに、しかも国ごとに別々の交渉をやり直すのは煩雑きわまりない。そこでIOCは、もっと大きな構想に踏み出する。世界をまたぐ、ただ一つのスポンサー制度をつくることだった。
世界に一つだけのスポンサー制度
その制度の名は「TOP」。The Olympic Partner(オリンピック・パートナー)の頭文字をとったものだ。IOCがこれを立ち上げたのは1985年とされ、最初の四年間(1985〜88年)が最初の周期となった。
TOPの仕組みは大胆だった。飲料、フィルム、クレジットカードといった業種ごとに、世界でただ一社だけを「最高位のパートナー」として選ぶ。そのかわり、選ばれた企業は世界中のあらゆる大会で、五輪のマークを自社の広告に使う独占的な権利を得る。国ごとの個別交渉を一つの傘の下にまとめあげる、いわば五輪マーケティングの「世界統一規格」だった。
この制度を支える発想の中心にいたのが、当時のIOCで商業化を主導したホルスト・ダスラーらの周辺の人々や、専門のマーケティング会社だったと伝えられる。彼らは五輪が持つ無形の価値――世界中の誰もが知り、政治や宗教を超えて好意を寄せるイメージ――を、企業に売れる「資産」として体系化していったのだ。
五つの輪という、世界で最も知られたマーク
TOPが成立しえた根底には、五輪のシンボルそのものの圧倒的な力があった。五つの輪――近代五輪の創始者クーベルタンが考案したと伝えられるこのマークは、二十世紀を通じて、世界で最も広く認知された図像の一つになっていく。
企業にとって、この輪は喉から手が出るほど欲しいものだった。一つの製品を世界中で売ろうとするとき、言葉も文化も違う市場のすべてに通じる「共通の好感」を、五輪のマークは一瞬で与えてくれる。コカ・コーラは1928年のアムステルダム大会以来、長く五輪と関わってきた企業として知られ、TOPでも創設期からのパートナーに名を連ねた。クレジットカードや写真フィルム、エレクトロニクスといった分野でも、各業種を代表する世界企業がその一枠を争った。
- 1928
コカ・コーラがアムステルダム大会で五輪に関わり始めたとされ、長期的な結びつきの起点となる。
- 1984
ロサンゼルス五輪が業種別の独占スポンサー方式で黒字化し、商業モデルを確立。
- 1985
IOCが世界統一のスポンサー制度TOPを創設。最初の四年周期が始まる。
- 1996
アトランタ五輪で、非公式企業による便乗広告(アンブッシュ)が大きな問題として表面化したと報じられる。
ここで起きたのは、価値の逆転とも言える現象だった。かつて企業は、五輪に資金を出すことで「大会を支援する立場」にあった。ところがTOPの時代になると、企業はむしろ、五輪マークを使えること自体を「自社ブランドへの投資」と考えるようになる。五輪が企業を必要としたのではなく、企業が五輪のイメージを欲しがる――その力関係が、巨額の契約金を正当化していったのだ。
ただ乗りとの戦い ― アンブッシュ・マーケティング
独占を売る商売には、宿命的な敵がう。お金を払わずに、あたかも公式スポンサーであるかのように振る舞う企業――いわゆる「アンブッシュ・マーケティング(待ち伏せ商法)」である。
IOCはこれを、五輪との公式な関係を装う、あるいは消費者に誤解させる行為だとして問題視してきた。よく知られた例として語られるのが、1996年のアトランタ大会である。公式スポンサーではなかったスポーツ用品大手が、会場周辺で大規模な広告展開を行い、観客の少なからぬ割合が「あの会社こそ公式スポンサーだ」と思い込んだ、と報じられた。巨額を払った正規スポンサーからすれば、ただ乗りされたに等しい事態である。
なぜ、これが深刻だったのか。TOPの価値はひとえに「独占」にある。もし誰もが似たような手法で五輪のイメージに便乗できるなら、わざわざ正規の枠に大金を払う意味が薄れてしまう。制度そのものの土台が揺らぐのだ。
こうして五輪は、競技の祭典であると同時に、世界で最も価値あるブランドの一つへと姿を変えていった。五つの輪は、国境を越えて商品を売るための強力な記号となり、TOPはその使用権を世界企業に分け与える壮大な仕組みとして機能していく。
放映権が生んだテレビマネー、そしてTOPが束ねた世界企業のスポンサーマネー。二つの巨大な流れが合流したとき、五輪の財政はかつてないほど潤った。けれども、それほどの富が一か所に集まるところには、必ず人の欲もまた引き寄せられる。開催都市の座を、その富の入口を、誰がどのように手にするのか――。次話では、その入口で起きたある事件を見ていく。だが、世界企業を引き寄せるほどの巨大なマネーは、五輪の足元に深い闇も招き寄せていくのだ。
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