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三笘薫という到達点 — ドリブルの科学 — 2022⑧

「三笘の1ミリ」を生み、PK戦で涙をのんだ男。三笘薫は、大学でドリブルを研究テーマに選び、プロ入りを経て世界最高峰のプレミアリーグで台頭した異色の経歴を持つ。なぜ彼のドリブルは相手を抜けるのか。カタールで世界に示した日本人アタッカーの到達点を、その背景から掘り下げる。

2026年6月26日

「三笘の1ミリ」。スペイン戦の決勝点を生んだあの折り返しは、彼の象徴的なプレーとして記憶された。だが三笘薫という選手の本当の凄みは、あの一点だけにはとどまらない。カタール大会で世界に衝撃を与えた彼のドリブルは、どこから来たのか。その歩みには、日本人アタッカーの新しい到達点が刻まれている。

  1. 大学時代

    筑波大学でプレーを続けながら、ドリブルを研究テーマに学んだとされる。

  2. 2020年

    川崎フロンターレでプロデビュー。Jリーグで圧倒的なドリブルを披露。

  3. 2021年以降

    イングランドへ渡り、プレミアリーグのブライトンで主力に成長。

大学で「ドリブル」を研究した男

三笘薫の経歴は、日本のトップ選手としては異色である。高校卒業時にプロ入りの誘いを受けながら、彼はあえて大学へ進む道を選んだ。そして筑波大学で競技を続けながら、自らの最大の武器である「ドリブル」を、学問の対象として掘り下げたと伝えられている。

抜く瞬間、相手DFは何を見て、どう反応するのか。どのタイミングでボールを動かせば、相手の重心を外せるのか。感覚で行っていたプレーを、言葉とデータで分析する。この「考えるドリブラー」としての時間が、のちの三笘を支える土台になった、としばしば語られる。プロへの最短距離ではない遠回りが、結果的に唯一無二の選手を育てた。

プレミアリーグという証明

川崎フロンターレでプロデビューした三笘は、Jリーグで圧倒的なドリブルを見せ、瞬く間に注目を集めた。そしてイングランドへ渡り、世界最高峰とされるプレミアリーグの舞台へ。当初は出場機会を探る立場だったが、やがてブライトンの主力として、相手国の代表クラスを相手に抜き去るプレーを連発していく。

日本人アタッカーが、世界トップリーグで「個で違いを作る」存在として評価される——これは、かつてそう多くはなかった景色である。カタール大会で三笘が見せたドリブルは、決して代表だけの一発勝負ではなかった。日々、世界最高の相手と戦うなかで磨かれた、本物の武器だった。

1ミリの背景にあったもの

あらためて「三笘の1ミリ」を振り返ると、あの折り返しが偶然の産物ではなかったことがわかる。ゴールラインを割ると誰もが思った場面で、最後まであきらめずに足を伸ばし、ボールが線上に残るぎりぎりの位置から正確に折り返す。あの一瞬の判断と技術は、ドリブルを科学し、世界で戦い続けてきた男だからこそ可能だった。

カタール大会の日本は、組織の力で強豪を倒した。だが同時に、三笘という「個の到達点」を世界に示した大会でもあった。組織が個を生かし、個が組織を勝たせる——その理想的な循環が、ドイツとスペインを倒した夜には確かにあった。

もっとも、サッカーは11人で戦う競技である。三笘一人が輝いても、チームに一体感がなければ強豪は倒せない。森保ジャパンの結束は、どこから生まれたのか。歓喜の象徴となった「ブラボー」という言葉とともに、チームづくりの核心へと迫っていく。物語は「ブラボー」と森保流へと続く。

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