久保建英という現象 — スペインの10番 — 道のり⑦
バルセロナの下部組織で育ち、レアル・マドリードを経て、レアル・ソシエダで主軸へ。久保建英は、日本サッカーがこれまで持ち得なかったタイプの才能だ。スペインの地で「10番」を背負い、ラ・リーガで違いを生み出す男。その歩みと、代表での役割を掘り下げる。
2026年6月25日
日本サッカーの歴史には、何人もの天才が現れてきた。だが、久保建英という選手は、そのなかでも少し異質である。幼少期からスペインのサッカーに身を浸し、欧州の名門で育ち、ラ・リーガの舞台で「主役」として戦う。日本人離れした経歴と、それを裏づける実力。彼は、日本がこれまで持ち得なかったタイプのアタッカーだった。
- 少年期
バルセロナの下部組織で育つ。クラブの制裁を受け帰国、FC東京の下部組織へ。
- 2019年
FC東京からレアル・マドリードへ移籍。マジョルカ等へのレンタルで研鑽。
- 2022年
レアル・ソシエダへ完全移籍。翌シーズン以降、チームの主軸として活躍。
海を渡った少年
久保建英の物語は、幼くしてスペインへ渡ったところから始まる。世界最高峰の育成機関とされるバルセロナの下部組織に入り、サッカーの基礎をスペインで身につけた。クラブが受けた制裁の影響で一度は日本に戻り、FC東京の下部組織からトップチームへと駆け上がる。そして2019年、レアル・マドリードへの移籍が実現した。
ただし、世界最大の名門への移籍は、ゴールではなく出発点だった。久保はすぐにトップで出場機会を得られたわけではなく、マジョルカ、ビジャレアル、ヘタフェといったクラブへのレンタルを重ねながら、ラ・リーガという舞台で実戦経験を積んでいった。順風満帆ではない遠回りのなかで、彼は「スペインで戦える選手」へと自らを鍛え上げていった。
レアル・ソシエダで主軸へ
転機は、2022年のレアル・ソシエダへの完全移籍だった。出場機会を得て、チームの戦術に組み込まれた久保は、一気に才能を開花させる。移籍後のシーズンには、リーグ戦で自己最多の得点・アシストを記録し、チームの欧州カップ戦出場にも貢献。ラ・リーガの月間最優秀選手に選ばれるなど、スペインでも確かな評価を得た。
カットインからの鋭いシュート、味方を生かす創造的なパス、狭いスペースでもボールを失わない技術。久保のプレーは、ラ・リーガという世界最高峰の舞台でも「違いを生む」ものだった。日本人選手が、欧州主要リーグで単なる「主力」を超えて「主役級」の存在になる——それは、日本サッカーの新しい到達点だった。もちろん、好不調の波もあり、すべてが順調だったわけではない。だが、世界トップの舞台で勝負を続けていること自体が、彼の価値を物語っている。
代表での役割
代表でも、久保は攻撃の中心的な存在になっていった。スペインで磨いた創造性は、堅い守備からの速攻を得意とする日本にとって、攻撃に変化を加える貴重な武器だった。スピードのある選手が外を走り、久保が中で違いを作る——森保ジャパンの攻撃は、彼の存在によって、より多彩で読みにくいものになった。
もっとも、久保のような個の才能が最大限に輝くには、それを生かすチームの設計が欠かせない。一人の天才に頼るのではなく、組織のなかで才能を解き放つ。第2次森保ジャパンは、戦術の面でも着実に進化を遂げていた。可変するシステム、より攻撃的な姿勢——日本のサッカーは、どのように変わったのか。物語は、新時代の戦術へと続く。
この記事は役に立ちましたか?
フィードバックありがとうございます!