形を失う音楽 ― 着うたが鳴った日
頂点を極めた音楽産業の足元で、CDは静かに売れなくなっていった。携帯電話から鳴る着うた、海を越えてきたiTunes、無数の動画が流れるYouTube、そして違法ダウンロードとの長い戦い。音楽は「モノ」であることをやめ、形を失いながら次の主役を探していく。
2026年6月13日
前回、私たちはミリオンセラーが連発し、カラオケが街にあふれ、音楽が日本でもっとも売れていた時代を見た。CDという銀色の円盤は、聴くための道具であると同時に、所有する喜びそのものでもあった。ジャケットを眺め、歌詞カードをめくり、棚に並べていく――音楽は手で触れられる「モノ」だったのだ。
ところが、その頂点を境に、潮の流れは静かに変わり始める。CDの国内生産は1998年前後にピークを迎えたとされ、以後はゆるやかに、やがてはっきりと下り坂をたどっていった。この章で見るのは、音楽が「モノ」であることをやめ、形を失いながら新しい器を探した、戸惑いと模索の十数年である。
CDが売れなくなった、その理由
なぜCDは売れなくなったのか。理由は一つではなかった。
まず、聴き方そのものが変わった。1990年代末、パソコンで音楽ファイルを扱う技術が広まり、CDの中身をデータとして取り出して持ち歩けるようになる。圧縮音源を入れた携帯プレーヤーが普及すると、人々は何枚もの円盤を持ち歩く必要がなくなった。さらに、レンタル店で借りたCDを手元にコピーする習慣も、すでに日本に深く根づいていたといわれる。
加えて、社会の側の変化もあった。携帯電話の通信料が家計の中で大きな位置を占めるようになり、若い世代がお金を使う先が、音楽から通信へと移っていったという指摘がある。娯楽そのものが多様化し、限られた可処分所得をめぐって、音楽は他の楽しみと奪い合う立場に置かれていったのだ。
携帯電話から鳴った「着うた」
下り坂のなかで、日本独自の救世主のように現れたのが「着うた」だった。
2002年12月、携帯電話事業者のひとつが、楽曲のサビなど数十秒を着信音として売る音楽配信サービスを始める。一曲あたり数十円から百円程度というささやかな価格で、電話が鳴るたびに好きな曲が流れる――この小さな喜びは、瞬く間に若者の心をつかんだ。やがて2004年には、サビだけでなく一曲まるごとを携帯に取り込める「着うたフル」が登場し、他社も相次いで追随していく。
着うたが面白かったのは、それが日本の携帯電話という独自の環境のうえに咲いた文化だった点である。パソコンを介さず、手のひらの端末で完結する音楽の買い方。国内の主要アーティストの曲が幅広くそろっていたこともあって、着うた市場は一時、大きな存在感を放った。CDが落ち込むなかで、業界はここに新しい収益の柱を見出そうとしたのだ。
海の向こうから来た黒船と、無料の動画
ほぼ同じ頃、海の向こうからもう一つの波が押し寄せる。
2005年、パソコン向けの音楽配信ストアが日本でサービスを開始した。一曲ずつ手軽に買えるこの仕組みは、開始からわずか数日で百万曲を超える販売を記録したと伝えられる。もっとも、当初は国内の大物アーティストの楽曲が十分にそろわず、配信を許諾するかどうかで権利者と配信側のあいだに駆け引きがあったともいわれる。海外発の「黒船」と、国産の着うた――音楽をデータで売る方法をめぐって、二つの流儀がせめぎ合っていた。
そして、産業にとってより根本的な揺さぶりとなったのが、動画共有サービスの登場だった。誰もが映像を投稿し、誰もが無料で観られる場が世界規模で広がると、音楽はそこにあふれ出する。ミュージックビデオも、ライブ映像も、ファンが作った二次的な動画も――買わなくても聴けてしまう環境が、ごく当たり前のものになっていったのだ。
- 1998前後
CDの国内生産がピークに達し、以後は減少へ転じたとされる。
- 2002
携帯電話向けの「着うた」配信が始まる。
- 2004
一曲まるごと取り込める「着うたフル」が登場。
- 2005
パソコン向けの音楽配信ストアが日本でサービス開始。
- 2012
改正著作権法が施行され、違法ダウンロードに刑事罰が導入される。
買って所有する音楽から、配信で取り込む音楽へ。さらにその外側に、無料で流れる音楽の海が広がっていく。この十数年は、音楽の「器」が次々と置き換わっていく時代だったのだ。
違法ダウンロードとの長い戦い
無料で聴ける環境の広がりは、当然ながら影を伴った。正規に対価を払わずに楽曲を手に入れる「違法ダウンロード」が広がり、産業はこれを深刻な脅威と受け止める。
日本では、違法に配信された音楽や映像のダウンロードは、2010年の法改正によって違法と位置づけられた。それでも罰則は設けられていなかった。事態が大きく動いたのは2012年である。改正著作権法が成立・施行され、違法と知りながら有料の楽曲などをダウンロードする行為に、刑事罰が科されることになったのだ。
取り締まりだけでは、流れは止められない。業界の一部には、無料で聴ける場をただ敵視するのではなく、正規の配信として取り込み、そこから収益を得る道を探るべきだという考えも芽生えていった。「ただ聴ける」ことを前提にした世界で、どうやって創作の対価を循環させるのか。その問いへの本格的な答えは、もう少し先で形になる。
モノを手放したあとに
この章を振り返ると、2000年代の日本の音楽は、ひとつの大きな喪失と模索の物語として見えてくる。失われたのは、CDという「モノ」を中心に回ってきた、わかりやすい産業の形だった。一枚を作り、一枚を売り、その積み重ねで成り立っていた世界は、データと無料の波のなかで足場を崩していったのだ。
けれども、それは音楽そのものの衰えを意味しなかった。着うたが鳴り、配信ストアが開かれ、動画が流れる――聴く回路はむしろ増え、音楽は暮らしのいたるところに溶け込んでいった。問題は「聴かれなくなったこと」ではなく、「聴かれ方とお金の流れが、まったく別物になったこと」だったのだ。
形を失った音楽は、しばらくのあいだ、自分にふさわしい新しい器を見つけられずにった。所有から、ダウンロードから、その先へ――対価と自由の折り合いをつけながら、音楽が落ち着く場所はどこなのか。答えはまだ霧の中にあった。やがて訪れる定額制の聴き放題という発想が、この長い模索に一つの区切りをもたらすことになる。音楽の主役は、ふたたび大きく入れ替わろうとしていたのだ。
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