王国の光と影 ― 男性アイドルとジャニーズ
歌って踊る男性アイドルという様式を日本に根づかせ、半世紀にわたり芸能界に君臨した王国。その光の大きさと同じだけ、長く語られなかった影があった。2023年、創業者による性加害が事務所自身によって認められた経緯を、報じられた事実の範囲で誠実にたどる。
2026年6月13日
これまでこの連載は、女性アイドルを軸に日本のアイドル文化をたどってきた。けれど同じ六十年のあいだ、もう一つの大きな潮流が並走していた。歌って踊る若い男性たちが、何万人ものファンを熱狂させる――いまでは当たり前に見えるこの様式は、日本ではある一人の人物と、その事務所が作り上げたものだった。
その王国は、長く芸能界に君臨した。送り出したグループは時代ごとの国民的スターとなり、テレビ・音楽・舞台のあり方そのものを変えていく。しかしその光の大きさと同じだけ、長いあいだ正面から語られなかった影があった。本稿は、功績と、のちに事務所自身が認めた重大な問題の両面を、報じられ、認められた事実の範囲で、できるかぎり誠実にたどる。被害を受けた方々への配慮を最優先に、扇情や憶測には立ち入らない。
野球チームから始まった王国
物語の出発点は、意外にも芸能とは無縁の場所だった。ジャニー喜多川は米国カリフォルニア州生まれの日系人で、戦後に来日し、駐日アメリカ大使館で働いていたと伝えられる。彼は近所の少年たちを集めて野球チームを作った。チーム名は、その「ジャニーズ」だった。
転機となったのは、少年たちと一緒に観た映画『ウエスト・サイド物語』だったとされる。歌い、踊り、若さそのもので観客を魅了する姿に感動し、ダンスの練習を始めた――。1962年、その野球チームのメンバー四人で歌って踊るグループ「ジャニーズ」が結成され、1964年にジャニーズ事務所が設立される。
ここで掲げられた理想が、その後の半世紀を決定づけた。ただ歌う歌手でも、ただ演じる俳優でもなく、歌い・踊り・演じる「歌って踊れるタレント」を育てる。アメリカのショービジネスを下敷きにしたこの発想は、当時の日本の芸能界にはなかったものだった。
様式を確立した半世紀
この事務所が日本のエンターテインメントに与えた影響は、否定しようのない大きさを持っている。フォーリーブス、郷ひろみ、たのきんトリオ、光GENJI、SMAP、嵐――時代ごとに国民的スターを送り出し、そのたびに男性アイドルの「型」を更新していった。
- 1962
野球チームのメンバー四人で歌って踊るグループ「ジャニーズ」が結成。
- 1964
ジャニーズ事務所が設立される。
- 1987
光GENJIがローラースケートで人気を集め、社会現象となる。
- 1991
SMAPがデビュー。歌・バラエティ・俳優業を横断する新しいモデルを示す。
- 2023
外部専門家チームが性加害を認定。事務所が公式に認め謝罪する。
たとえばSMAPは、歌うだけでなくバラエティで笑いをとり、ドラマで主役を張り、料理番組の司会まで務めた。アイドルが歌の世界に閉じこもらず、芸能の全領域を横断していく。この越境のモデルは、後続のグループへと受け継がれていく。
舞台演出の面でも独自の世界を築いた。空中を飛び、滝のように水を落とし、巨大なセットを動かす――数字や常識よりも、子どもの夢のような光景を優先する演出は、観客を非日常へと連れ出した。男性アイドルが大人数のグループで、緻密に振り付けられたパフォーマンスを見せるという、いまや国内外で広く見られる様式の原型が、ここで磨かれたといえる。
長く語られなかった影
その一方で、この事務所と創業者をめぐっては、性加害に関する指摘が以前から存在していたと報じられている。過去には週刊誌報道や、裁判で一部の事実関係が問われた経緯もあったとされるが、社会全体としてこの問題が正面から扱われることは、長いあいだなかった。
状況が大きく動いたのは2023年である。同年に英国の公共放送BBCが、創業者による性加害の疑惑を追ったドキュメンタリーを放送した。続いて、かつて在籍した人物が実名・顔出しの記者会見で被害を語るなど、実名での証言が相次ぐ。これをきっかけに、長期にわたる広範な被害の実態と、報道機関が長く沈黙してきたことへの問いが、日本社会で大きく取り上げられるようになった。
なぜ、これほど長く表に出なかったのか。報道では、絶大な影響力を持つ事務所への配慮や、声を上げることの難しさが背景として繰り返し指摘されている。被害を受けた人が安心して語れる環境が、社会の側に整っていなかった――この点こそ、問題の核心の一つとして語られている。
事務所が認めた日
2023年8月、事務所の依頼を受けて設置された外部専門家による「再発防止特別チーム」が、調査報告書を公表した。報告書は、創業者が長期間にわたり広範に性加害を繰り返していた事実が認められる、とする内容だったと報じられている。
これを受けて事務所は同年9月に記者会見を開き、性加害があったことを事務所として認め、公式に謝罪した。原因は加害者本人と事務所の体制にあるとして、被害者への補償と再発防止に取り組む方針が示されたと伝えられている。
その後、事務所は社名を「SMILE-UP.」へと変更し、被害者の補償業務に専念したうえで、補償が終われば廃業する方針を発表した。タレントのマネジメントは、新たに設立された別会社「STARTO ENTERTAINMENT」が担う形へと移行したと報じられている。半世紀以上にわたって芸能界に君臨した王国は、こうして自らの名を残さない形で、大きく姿を変えることになった。
光の大きさと、影の深さ。そのどちらもが、日本のアイドルが歩んできた道の一部だった。華やかな舞台の中心だけが、アイドルの現場ではない。やがてその現場は、より小さく、より身近な場所へと無数に枝分かれしていく。ファンと偶像が、これまでにないほど近い距離で向き合う時代が、すぐそこまで来ていた。アイドルの現場は、さらに多様で身近なものになっていくのだ。
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