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世界が和食を見つけた

海の向こうで生魚を食べる文化が受け入れられるとは、かつて誰も思わなかった。寿司ブーム、ヘルシー志向、2013年の和食のユネスコ無形文化遺産登録、そして世界へ広がる日本食レストラン。和食が世界語になっていく過程を、報じられた範囲で中立にたどる。

2026年6月13日

前回、私たちは高度成長のなかで日本の食卓が豊かさと多様さを手に入れていく様子を見た。インスタントラーメンが台所に並び、冷蔵庫が食材を保存し、ファミリーレストランが家族の外食を支える。日本人は、自国の食を世界中の味で塗り重ねていった。

ところが物語は、ここで思いがけない向きに反転する。これまで世界の味を取り込む側だった日本の食が、今度は世界へと出ていく番になったのだ。生の魚を切って米にのせるという、海の向こうの多くの人にとって馴染みのなかった食べ方が、やがて世界の都市に広がっていく。この章では、和食が国境を越え、世界語になっていく過程を、報じられた範囲でたどる。

寿司が海を渡る

和食が世界へ出ていく物語の主役となったのは、寿司だった。生の魚を食べる習慣のなかった地域では、当初その文化は奇異なものと受け止められたとも伝えられる。けれども、いくつかの要因が重なって、寿司は少しずつ受け入れられていった。

一つは、現地の事情に合わせて姿を変える柔軟さである。生魚に抵抗のある人々のために、加熱した具材やアボカドなどを巻いた、いわゆる裏巻き(具を内側にせず外に米を回す巻き方)の寿司が考案されたと伝えられる。北米で広まったとされるカリフォルニアロールは、その代表例としてよく語られる。海を渡った和食が、かつて日本がカレーやトンカツを作り変えたのと同じように、現地の口に合わせて姿を変えていったのは、食の歴史がくり返す光景だった。

もう一つの追い風は、健康志向の高まりだった。脂肪の少ない魚や野菜、発酵食品、油を多用しない調理。栄養バランスにすぐれた食事として、和食は健康を気づかう人々の関心を集めたとされる。豊かさが行きすぎた飽食の時代に、和食はある種の理想として語られるようになっていった。

ユネスコ無形文化遺産という節目

世界的な広がりのなかで、一つの象徴的な出来事が起こる。二〇一三年十二月、和食が、ユネスコの無形文化遺産に登録された。正式には「和食;日本人の伝統的な食文化」という名で登録されたものだ。

ここで大切なのは、登録されたのが特定の料理ではなく、食をめぐる文化そのものだった点である。農林水産省の説明によれば、その特徴として、多彩で新鮮な食材とその持ち味の尊重、栄養バランスにすぐれた健康的な食生活、自然の美しさや季節の移ろいの表現、そして正月などの年中行事との密接なかかわり、という四つの柱が挙げられている。寿司や天ぷらといった個々の料理ではなく、自然を敬い、季節を味わい、人と人とが食を囲むという、暮らしのありようが評価されたわけである。

登録は、和食を世界へ知らしめる強い追い風となった。海外のメディアが取り上げ、観光客が日本の食を目当てに訪れる。和食は、日本という国を象徴する文化資源として、あらためて位置づけられていく。

世界へ広がる日本食レストラン

和食が世界に根づいていく様子は、数字にも表れている。農林水産省は、海外の日本食レストランの数を継続的に調査してきた。その推計によれば、店舗数は一貫して増え続けてきたと報じられている。

二〇〇六年に約二万四〇〇〇店とされた海外の日本食レストランは、二〇一三年に約五万五〇〇〇店、二〇一五年には約八万九〇〇〇店へと増えたとされる。さらに令和五年(二〇二三年)の調査では、約十八万七〇〇〇店に達したと公表された。わずか十数年のあいだに、世界に広がる日本食の店は数倍に増えたことになる。地域別に見ると、アジアが最も多く、北米、欧州、中南米と続くと報じられている。

  1. 2006年

    農林水産省の推計で、海外の日本食レストランは約2万4000店とされる。

  2. 2013年12月

    和食(日本人の伝統的な食文化)がユネスコ無形文化遺産に登録される。

  3. 2015年

    海外の日本食レストランが約8万9000店へと大きく増えたと報じられる。

  4. 2023年

    農林水産省の調査で、海外の日本食レストランが約18万7000店に達したと公表される。

ただし、この広がりには注意すべき影もあった。店舗数が急増する一方で、その担い手は必ずしも日本人ばかりではなく、和食の名を掲げながらも、調理法や味が本来のものとかけ離れた店も少なくないと指摘されたのだ。こうした状況に対して、海外の日本食を評価し質を保とうとする取り組みも進められましたが、文化が国境を越えて広がるとき、その正統さをどう守るのかという問いは、簡単には答えの出ないものだった。

世界語になった和食

うま味(umami)という言葉が、いまや世界の料理人のあいだで通じる言葉になったことは、和食の世界化を象徴している。第一話でたどった昆布や鰹の出汁――日本の食の基層にあったうま味の文化が、海を越えて料理人たちの語彙に加わったのだ。

寿司、ラーメン、天ぷら、弁当(bento)といった言葉も、翻訳されることなくそのまま各国の言葉に溶け込んでいった。それは、和食が単なる異国の料理ではなく、世界の食の選択肢の一つとして定着したことを意味する。かつて世界の味を貪欲に取り込んできた日本の食卓は、こうして今度は世界へと味を送り出す側に回った。

米と出汁から始まった日本の食の物語は、こうして世界へとつながった。けれども、世界に祝福される和食を生んだ当の日本の食卓は、いま静かに、これまでとは違う問いの前に立っている。豊かさと多様さを手に入れた食卓は、その先で何を失い、何を選ぼうとしているのか。豊かになった食卓は、いま新たな問いに直面している。次の最終章では、現代の食卓が抱える課題と、これからの行方を見つめながら、この長い物語を静かに閉じることにする。

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