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現代のイギリス ― ブレグジットとその先

帝国を失い、福祉国家を経た島国は、多文化社会へと姿を変え、連合王国としての結束を問われ、2016年にはEU離脱を選んだ。王室と伝統を抱きながら変わり続けるイギリスはどこへ向かうのか。十話の物語の終わりに、答えを急がず現代を見渡す最終章。

2026年6月13日

前回、私たちは戦後の島国が帝国を手放し、福祉国家という理想を掲げ、停滞と改革のあいだで揺れ動くさまを見た。サッチャー改革は「国が支える社会」のかたちを根本から問い直し、その評価は今なお分かれている。世界の覇者だった国は、ふつうの一国家としての自分を探し直してきた。

その模索は、やがてヨーロッパとの関係をめぐる、大きな選択へと向かう。けれども現代のイギリスを語るには、もうひとつの変化を見逃せない。世界中から人々が集まり、肌の色も信仰も言葉も多様な社会へと、島国そのものが姿を変えてきたことである。多文化のなかで国のかたちを問い直し、連合王国としての結束を問われ、そしてEUとの別れを選ぶ。最終章では、変わりゆくイギリスの現在と、その先に開かれた問いを見渡する。

多文化の島へ ― 変わりゆく社会のかたち

戦後、労働力の不足を補うため、イギリスはかつての帝国の各地から多くの移民を受け入れた。カリブ海、南アジア、アフリカ――世界中からやってきた人々が、この島で暮らし、働き、家庭を築いていく。ロンドンをはじめとする都市は、さまざまな出自・信仰・文化が隣り合う、多文化の街へと変わっていった。

この変化は、イギリスに豊かさをもたらした。料理も音楽も、言葉も日常の風景も、多様な背景を持つ人々によって彩られていく。一方で、雇用や福祉、暮らしのあり方をめぐって、移民の受け入れには賛否が分かれ続けてきた。多様性を社会の力と見る立場と、急速な変化に戸惑い不安を覚える立場とが、今も並び立っている。多文化社会は、イギリスの大きな財産であると同時に、繰り返し議論される論点でもあり続けている。

社会の中身が変わるなかで、国のかたちそのものを問う声も強まっていった。イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドが結びついた連合王国の、その結束をめぐる問いである。

連合王国の結束 ― スコットランドの問いかけ

イギリスは、ひとつの国でありながら、複数の国が連なってできた連合王国である。なかでもスコットランドは、1707年にイングランドと合同するまで独立した王国であり、独自の歴史と誇りを保ち続けてきた。1980年代以降、北海油田の富や、サッチャー政権下での産業の衰退をめぐる不満などを背景に、独立を求める声がふたたび高まっていく。

そして2014年、スコットランドで独立の是非を問う住民投票が行われた。結果は、独立反対が約55%、賛成が約45%。独立は否決され、連合王国はかろうじてその結束を保った。投票率が八割を超えたことは、この問いに対する人々の関心の高さを物語っている。否決されたとはいえ、独立を望む声が消えたわけではなく、連合王国の将来をめぐる問いは、今も静かにくすぶり続けている。

  1. 1948年

    帝国各地からの移民の受け入れが本格化し、多文化社会への歩みが始まる。

  2. 2014年

    スコットランド独立住民投票。約55%が反対し、独立は否決される。

  3. 2016年

    EU離脱の是非を問う国民投票。約52%が離脱を支持する。

  4. 2020年

    イギリスが正式にEUを離脱する。

  5. 2022年

    エリザベス2世が逝去し、長い在位の時代が幕を閉じる。

連合王国の結束は、当たり前のものではなく、繰り返し問い直されてきた。多様な歴史を抱えた国々が、ひとつの王のもとに連なり続けるのか、それぞれの道を選ぶのか。その問いは、ヨーロッパとの関係をめぐる、もうひとつの大きな選択と深く絡み合っていくことになる。

ブレグジット ― 海をへだてる選択

長らくイギリスは、ヨーロッパとともに歩むべきか、距離を保つべきかという問いに揺れてきた。1973年にEC(のちのEU)へ加わったものの、大陸との一体化に対するためらいは消えなかった。そして2016年、EUにとどまるか離れるかを問う国民投票が実施される。

結果は、離脱支持が約52%、残留支持が約48%という僅差だった。多くの人の予想に反して、イギリスは離脱を選ぶ。この選択はブレグジットと呼ばれ、長い交渉を経て、2020年にイギリスは正式にEUを離脱した。投票では、移民や主権、経済をめぐって国民の意見が深く割れ、地域や世代によって投票傾向が大きく異なったと報じられている。

EUを離れたイギリスは、ふたたび独りの航路を選んだ。その船出が吉と出るか凶と出るかは、まだ誰にも分からない。ただ、この国が幾度も大きな選択を重ね、そのたびに自らのかたちを問い直してきたことは、確かな事実である。

王室と伝統 ― 変わらぬものと、変わりゆくもの

激しく移ろう現代にあって、イギリスには変わらずに在り続けるものもある。そのひとつが王室である。第四話で見た名誉革命以来、君主は「君臨すれども統治せず」という立場をとり、政治の実権ではなく、国の連続性と統合の象徴としての役割を担ってきた。

長く在位したエリザベス2世は、その象徴的な役割を体現する存在として、国の内外で敬愛を集めたとされる。2022年に彼女が世を去ったとき、ひとつの時代の終わりが静かに感じられた。もっとも、王室をめぐっては、その費用や特権のあり方、現代の社会にふさわしい姿をめぐって、さまざまな議論があることも事実である。伝統を重んじる心と、時代に合わせて変わることを求める声――そのあいだで、王室もまた、自らのかたちを問い続けている。

伝統と変化のあいだで揺れながら、イギリスはこれからも歩いていく。その足取りがどこへ向かうのか、私たちはまだ知らない。

島国は、どこへ向かうのか

ローマの支配を受けた辺境の島から始まったこの物語は、ずいぶん遠くまで来た。アングロサクソンとヴァイキングの渡来、ノルマンの征服、マグナ・カルタ、海への雄飛、革命の世紀、世界に広がった帝国、世界で最初の産業革命、ヴィクトリア朝の絶頂、二つの大戦、福祉国家、そしてブレグジット――小さな島国が世界の覇権を握り、近代をかたちづくり、やがてふつうの一国家へと戻っていく。十話をかけて、その長い航海をたどってきた。

この島国の歴史には、光と影が分かちがたく織り込まれている。議会政治や法の支配、産業文明といった、世界に大きな贈り物を残した一方で、植民地支配や奴隷貿易、戦争がもたらした影もまた、消えることはない。誇るべきことと、向き合うべきことを、同時に見つめること。それが、ひとつの国の歴史を大人として読むということなのだと思う。

イギリスがこれからどこへ向かうのか、その答えを私たちは持っていない。連合王国は結束を保つのか、ヨーロッパとの距離はどう変わるのか、多文化の社会はどんな未来を選ぶのか。すべては、これから人々が下していく無数の選択の先にある。安易な結論を急ぐかわりに、私たちはただ、問いを開いたまま、この物語を閉じたいと思う。

ローマの足音が響いた島から、海をへだてて世界を変えた島へ。その長い旅路を、ここまで読み進めてくださった読者のみなさんに、心から感謝する。一国の歴史を、礼賛にも断罪にも傾かず、光と影をともに見つめることが、私たち自身が生きるこの世界を少しだけ深く知る手がかりになれば、これにまさる喜びはない。物語はここで終わるが、歴史はこれからも続いていく。またどこかの航海で、お会いしよう。

【イギリス史 ― 島国が世界を変えた・完】

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