宗教右派と原理主義 ― 世界的な台頭
1979年前後、世界の各地で信仰がいっせいに政治の前面へ押し出された。アメリカの福音派、イランのイスラム革命、インドのヒンドゥー・ナショナリズム。バラバラに見えるこれらの動きには、世俗化への反動とアイデンティティの政治という共通の構造があった。宗教保守と原理主義の世界的台頭を、地域を横断して読み解く。
2026年6月13日
20世紀の後半、世界は近代化とともに宗教が政治の表舞台から退いていくものだと、多くの人が考えていた。社会が豊かになり、科学と合理性が広まれば、信仰は私的な領域に収まっていく――いわゆる世俗化の予測である。ところが1970年代の終わりごろから、その予測を裏切るような出来事が、まるで申し合わせたかのように地球の各地で起こり始める。アメリカでも、中東でも、南アジアでも、信仰がふたたび政治の前面に押し出されてきたのだ。
互いに遠く離れ、宗教も文化も異なるこれらの動きは、一見すると無関係に見える。けれども歴史を少し引いて眺めると、そこには共通する構造が浮かび上がる。急速に進む世俗化や近代化への反発、そして「自分たちは何者か」という問いを政治に持ち込むアイデンティティの政治である。この回では、特定の信仰の優劣を論じるのではなく、宗教保守と原理主義がなぜ同時多発的に台頭したのか、その構造を地域を横断して読み解いていく。
アメリカ ― 福音派の政治参加
まずアメリカである。第2話でも触れたように、この国にはもともとキリスト教福音派という厚い宗教的な層が存在した。20世紀の前半、彼らの多くは政治とは距離を置く傾向にあったとされる。ところが1960年代以降、中絶の合法化や公立学校での祈りの禁止、性や家族をめぐる価値観の変化といった、急速な社会の世俗化に直面し、危機感を強めていく。
その反動として、1979年、バプテスト派の牧師ジェリー・ファルウェルらによってモラル・マジョリティという保守的な政治団体が組織された。彼らは伝統的な家族観や信仰の価値を守ることを掲げ、テレビやラジオを通じて支持を広げ、教派の枠を超えて連携する。この動きは、1980年の大統領選挙でロナルド・レーガンが当選する一因になったとも評価されてきた。信仰を私的な領域にとどめず、選挙や政策へ積極的に持ち込む――宗教右派と呼ばれる潮流が、こうしてアメリカ政治の一角を占めるようになったのだ。
中東と南アジア ― 革命とナショナリズム
同じ1979年、中東でも宗教が国家を揺るがした。イランでは、世俗的な近代化を進めていた王政に対する不満が高まり、宗教指導者ホメイニを中心とする革命によって王が国を去り、イスラム共和国が樹立される。革命の理念は、イスラムの教えを社会と政治の根本に据えるというものだった。
この出来事は、世界に大きな衝撃を与える。それまで西洋では、宗教は近代化とともに後退するものと見られていたからである。イラン革命を一つの契機として、世俗化したと考えられていた社会のなかで、イスラムの教えに立ち返ろうとする運動——イスラム主義あるいはイスラム復興と呼ばれる潮流——が各地で注目を集めるようになった。ただし、その内実は地域や時代によって大きく異なり、穏健な政治参加から武装闘争まで、きわめて多様であった点には注意が必要である。
- 1979
アメリカでモラル・マジョリティが結成され、福音派が政治へ本格参入する。
- 1979
イラン革命によりイスラム共和国が樹立。世俗化予測への衝撃となる。
- 1980
インドでヒンドゥー・ナショナリズムを掲げるインド人民党が結成される。
- 1989
モラル・マジョリティが解散。だが宗教右派の影響は形を変えて残る。
- 1990年代
各地で宗教を背景とする政党や運動が、議会政治の主要勢力へと台頭する。
南アジアに目を移すと、インドでもよく似た構造が見られる。独立時のインドは、多宗教社会をまとめるために、特定の宗教に偏らない世俗国家としての原則を掲げていた。しかし1980年、多数派であるヒンドゥー教徒のアイデンティティを前面に押し出すインド人民党が結成される。世俗主義への不満や、自分たちこそ国の中核だという意識を背景に、この党は支持を広げ、1990年代には連邦政治の主要勢力へと成長した。宗教的な多数派意識が国民意識と結びつく――これもまた、アイデンティティの政治の一つの形だといえる。
なぜ、同時に起きたのか
アメリカの福音派、イランのイスラム主義、インドのヒンドゥー・ナショナリズム。信仰の中身も社会の事情もまるで違うこれらの動きが、なぜ1970年代末から80年代にかけて、ほぼ同時に勢いを得たのだろうか。
一つの説明は、世俗化への反動という共通の動機である。急速な近代化やグローバル化は、人々に物質的な豊かさをもたらす一方で、伝統的な価値観や共同体のつながりを揺さぶった。その不安のなかで、信仰が「自分たちは何者か」を確かめるよりどころとして再発見された――そう見る論者は少なくない。世俗化が進めば進むほど、それへの反発もまた強まるという逆説である。
もう一つは、アイデンティティの政治という枠組みである。経済や階級ではなく、宗教や民族といった帰属意識を軸に人々を動員する政治のあり方が、この時期に世界各地で広がった。宗教は、人々を強く結びつける旗印になりやすい。だからこそ政治の側も、信仰を動員の資源として用いようとする。信仰を持つ人々の側にも、自分たちの価値観を政治に反映させたいという正当な願いがあり、両者が結びつくとき、宗教は大きな政治的エネルギーへと転化するのだ。
これらの動きは、決して過去の話ではない。21世紀に入ってからも、宗教を背景とする政党や運動は、世界各地で政治の一角を占め続けている。世俗化が信仰を消し去るという単純な予測は、すでに修正を迫られた。むしろ私たちが生きているのは、世俗化と再宗教化が同時に進む、複雑な時代なのだ。
宗教保守と原理主義の世界的な台頭を、私たちは地域を横断して眺めてきた。その多くは、選挙や議会という民主主義の枠のなかで力を伸ばしてきたものだ。けれども、信仰が政治や社会と結びつくとき、その回路をはみ出し、人々の心そのものを支配しようとする極端な動きも現れる。その影の極北に、社会そのものを震わせた事件があったのだ。
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