アメリカと福音派 ― 神の国の政治
国教を持たないと定めた国で、なぜ信仰が政治をこれほど動かすのか。信教の自由を求めて渡った人々の国アメリカ。その大地に育った福音派とキリスト教右派が、中絶や教育を争点に大統領選を左右するまでを、賛否を併記しながらたどる連載第2話。
2026年6月13日
アメリカ合衆国の憲法は、国家が特定の宗教を国教として打ち立てることを禁じている。建国の理念のうえでは、政治と宗教は分けられているはずの国である。それなのに、この国ほど信仰が政治の表舞台に現れる先進国はめずらしいと言われる。大統領は就任のときに聖書に手を置き、演説は神への祈りで結ばれ、選挙のたびに信仰のあり方が争点になる。国教を持たないと定めた国で、なぜ宗教はこれほど強く政治を動かすのか。前回、ヨーロッパが血を流して政教分離にたどり着く姿を見た。今回は、その理念を引き継ぎながら、まったく違う形で信仰と政治を結びつけていった国、アメリカの物語である。
- 1620
信仰の自由を求めた人々がメイフラワー号で新大陸へ。信仰を核とする入植が各地で進む。
- 1791
合衆国憲法修正第1条が発効。国教の樹立を禁じ、信教の自由な行使を保障する。
- 1802
ジェファーソンが書簡で、国家と教会のあいだの分離の壁という言葉を用いる。
- 1973
ロー対ウェイド判決。最高裁が中絶を女性の権利として認め、保守層が強く反発する。
- 1979
ファルウェルがモラル・マジョリティを設立。福音派が組織的な政治勢力として動き出す。
- 2022
ドブス判決でロー対ウェイド判決が覆され、中絶の是非は各州の判断に委ねられる。
信仰の自由を求めた国
アメリカという国の出発点には、信仰があった。十七世紀、ヨーロッパで自らの信じ方を許されなかった人々が、自由に神を礼拝できる土地を求めて大西洋を渡ってくる。1620年のメイフラワー号の一行は、その象徴としてよく語られる。彼らにとって新大陸は、たんなる移住先ではなく、信仰にもとづく共同体を一から築くための約束の地だった。こうしてアメリカは、はじめから宗教を社会の土台に据えた国として育っていったのだ。
やがて独立を果たした国は、一つの大切な決断をする。1791年に発効した憲法修正第1条で、連邦議会が国教を樹立する法律や、信教の自由な行使を妨げる法律を作ることを禁じたのだ。これは、特定の宗派が国家の力で他を抑え込むことを防ぐための規定だった。多くの宗派が共に暮らす国だからこそ、国家はどれか一つに肩入れしてはならない。1802年、トマス・ジェファーソンは書簡のなかで、国家と教会のあいだには分離の壁があるべきだと記したとされる。
ここに、アメリカの信仰と政治の独特な関係が芽生える。国家が特定の宗教を押しつけないということは、裏を返せば、人々が自由に信仰し、自由にそれを表現してよいということでもあった。だからこの国では、政治と宗教が制度のうえで分かれていながら、社会のなかでは信仰がのびのびと政治に語りかける。分離の壁は、信仰を政治から締め出す壁ではなく、どの信仰も国家に潰されないための壁でもあったのだ。
福音派という大きな潮流
アメリカのキリスト教のなかでも、聖書を信仰の中心に置き、個人が神と出会いなおす回心の体験を重んじる人々は、福音派と呼ばれる。生まれ変わるという意味でボーン・アゲインとも表現されるこの信仰は、アメリカのプロテスタントのなかで大きな割合を占めるとされる。福音派は決して一枚岩ではなく、政治的な立場も信仰の濃淡もさまざまで、社会的弱者への奉仕に力を注ぐ人々も数多くう。ひとくくりに語ることはできない、幅のある世界である。
この福音派の一部が、二十世紀後半に政治の表舞台へと進み出ていった。背景には、当時のアメリカ社会の大きな変化への危機感があったとされる。1960年代から70年代にかけて、性のあり方や家族の形をめぐる価値観が急速に変わり、伝統的な信仰にもとづく道徳が揺らいでいるという受け止めが、保守的なキリスト教徒のあいだに広がった。なかでも決定的だったのが、1973年のロー対ウェイド判決である。最高裁が中絶を女性の憲法上の権利として認めたこの判決は、生命の始まりを神聖視する人々に強い反発を呼び起こした。
1979年、説教師のジェリー・ファルウェルらがモラル・マジョリティという団体を立ち上げる。沈黙してきた道徳的な多数派を政治に動員しようというこの運動は、テレビやラジオを通じて広がり、キリスト教右派と呼ばれる政治勢力の中核を担っていった。彼らは中絶への反対や、学校教育のあり方、家族の価値といった主題をかかげ、これに共鳴する政党や候補者を支えるようになる。信仰が組織され、票となり、政治を動かす力へと姿を変えていったのだ。
票になった信仰
キリスト教右派の影響力がはっきりと表れたのが、大統領選挙だった。1980年の選挙で、福音派の多くは保守的な社会の回復を期待して共和党の候補を後押しし、その勝利を支える大きな力になったとされる。以後、福音派の票は共和党にとって欠かせない支持基盤の一つとなり、選挙のたびにその動向が注目されるようになった。信仰を共有する有権者が一つの方向にまとまるとき、それは無視できない政治的な重みを持つ。
なかでも中絶は、アメリカの政治をいまも深く分ける主題であり続けている。胎児の生命を守るべきだとする立場と、女性が自分の体について決める権利を守るべきだとする立場。どちらにも切実な信念があり、評価は鋭く分かれる。2022年、最高裁はドブス判決によって、半世紀近く前のロー対ウェイド判決を覆した。これにより中絶を認めるかどうかは各州の判断に委ねられることになり、長年それを求めてきた人々は大きな前進と受け止めた一方で、権利の後退だと強く批判する声も上がった。この判決一つをとっても、信仰と政治がどれほど深く絡み合っているかがうかがえる。
こうしたアメリカの宗教と政治の関係には、賛否の両面がある。信仰が政治に参加することは、声を持たない人々の道徳的な訴えを公の場に届け、社会に倫理的な問いを投げかける力になるという見方がある。その一方で、特定の信仰にもとづく価値観が政策に強く反映されすぎれば、異なる信仰や考えを持つ人々が生きづらくなり、社会の分断を深めるのではないかという懸念も根強くある。どちらの見方にも理があり、アメリカ社会自身がこの緊張のなかで揺れ続けている。
国教を持たないと定めた国で、信仰はかえって自由に政治の言葉を語ってきた。それは、信教の自由を徹底したアメリカならではの逆説だったのかもしれない。ヨーロッパが宗教を国家から遠ざけることで信仰の平和を保とうとしたのに対し、アメリカは信仰を自由に解き放つことで多様さを抱えようとした。同じ一神教の伝統を持ちながら、両者の道は大きく分かれたのだ。そしてこの一神教と国家の関係は、舞台を中東に移すと、さらにまったく異なる論理のもとで立ち現れることになる。
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