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制御できない平和 ― 拡散とテロの時代

冷戦が終わっても、核の脅威は消えなかった。むしろ、力の輪郭はぼやけ、見えにくくなっていく。北朝鮮の核開発、イランの核問題、ひとりの科学者が築いたとされる核の闇市場、そして核テロへの懸念。冷戦後に静かに広がっていった拡散リスクを、公的事実と報道の範囲で中立にたどる第9話。

2026年6月13日

1991年、ソ連が解体し、長く世界を二つに分けてきた冷戦は終わった。米ソが互いの全滅を担保に向き合う「恐怖の均衡」は、ようやく緩みはじめる。核弾頭の数は条約によって減らされ、人々は核戦争の悪夢から少しだけ遠ざかったように感じた。けれど、力そのものが消えたわけではない。むしろ冷戦の終わりは、核という火の輪郭をぼやけさせ、見えにくいものへと変えていった。二つの巨人がにらみ合う構図が崩れたあと、核をめぐる物語は、より小さく、より散らばった、つかみどころのない時代へと入っていったのだ。

  1. 1993

    北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)からの脱退を一度表明し、核開発をめぐる緊張が表面化する。

  2. 2003

    北朝鮮がNPTからの脱退を改めて表明したとされ、六者会合などの外交交渉が続けられていく。

  3. 2004

    パキスタンの科学者が、核技術を国外へ供与したと認める発言を行ったと報じられ、いわゆる核の闇市場の存在が広く知られる。

  4. 2006

    北朝鮮が初めて地下核実験を実施したと発表する。以後、複数回の核実験が報告されていく。

  5. 2015

    イランと主要国がイランの核開発を制限する合意(JCPOA)に達したと発表される。

  6. 2018

    米国がイラン核合意からの離脱を表明する一方、同年には史上初の米朝首脳会談も開かれた。

見えにくくなった脅威 ― 冷戦後という時代

冷戦のあいだ、核の脅威にはわかりやすい形があった。米国とソ連という二つの超大国が、膨大な核を抱えてにらみ合う。恐ろしくはあっても、誰が、どこに、どれだけの核を持っているかは、おおよそ見えていた。ところが冷戦が終わると、この構図そのものがほどけていく。超大国の管理から外れた核物質や技術が、思わぬ場所へ流れるのではないか——そうした新しい不安が、世界に静かに広がりはじめた。

脅威の性質も変わった。国家どうしの全面核戦争という、巨大で正面からの危険に加えて、より小さく、より見えにくいリスクが意識されるようになる。新たに核を持とうとする国が現れるのではないか。管理の甘くなった技術や物質が、国境を越えてひそかに動くのではないか。さらには、国家ですらない集団の手に核が渡る可能性はないのか。こうした問いは、冷戦時代の単純な二極構造では捉えきれないものだった。

このため、冷戦後の核をめぐる議論は、「拡散(プロリフェレーション)」という言葉を軸に動いていく。すでに大量の核を持つ国どうしの均衡だけでなく、核を新たに手にする主体が増えること自体が、世界の安定をおびやかすと考えられるようになったのだ。本話では、この時代を象徴する出来事を、特定の国を一方的に断じることなく、公的な事実と報道の範囲でたどっていく。

二つの焦点 ― 北朝鮮とイラン

冷戦後の拡散をめぐる議論で、長く焦点となってきたのが北朝鮮とイランである。両者の事情は大きく異なるが、いずれも核拡散防止条約(NPT)という国際的な枠組みと、それを支える各国の安全保障観が深く関わっている。

北朝鮮については、1990年代から核開発をめぐる緊張が繰り返し表面化してきた。1993年にはNPTからの脱退が一度表明され、その後の外交によっていったん事態が収まったとされる。しかし2003年には改めて脱退が表明されたと伝えられ、2006年には初めての地下核実験を実施したと発表された。以後、複数回の核実験や弾道ミサイルの発射が報告され、そのたびに国連安全保障理事会で制裁が議論されてきた。一方で、六者会合と呼ばれる多国間協議や、2018年の史上初の米朝首脳会談など、対話による解決を探る動きも続いてきた。北朝鮮の側は、こうした核開発を自国の安全を守るための抑止力だと説明してきたと報じられており、関係国との立場の隔たりは大きいまま、今日まで議論が続いている。

イランの核問題は、性質が少し異なる。イランは一貫して、自国の核開発は発電や医療など平和目的のものだと主張してきたとされる。これに対し、欧米を中心とする一部の国々は、ウラン濃縮などの活動が兵器開発につながりうると懸念を表明してきた。長い交渉の末、2015年にはイランと主要国のあいだで、核開発を制限する見返りに経済制裁を緩めるという合意(JCPOA)が成立したと発表される。ところが2018年、米国がこの合意からの離脱を表明し、枠組みは大きく揺らぐことになった。どちらの主張に理があるのかをめぐっては評価が分かれており、本連載は立場を取らない。確かなのは、ひとつの国の核をめぐる選択が、地域全体の不安定要因として長く論じられ続けてきたという事実である。

闇市場とテロ ― 国家を越えていく火

冷戦後の核拡散には、国家の意思とは別の、もうひとつの暗い側面があった。核の技術や部品が、国境を越えて非公式に取引される「闇市場」の存在である。

その象徴として広く報じられたのが、パキスタンの核開発を主導したとされる科学者をめぐる一件だった。2004年、この科学者は、ウラン濃縮に使う遠心分離機の設計や技術を、複数の国へ供与したと認める発言を行ったと報じられる。国際原子力機関(IAEA)の当時の事務局長も、こうした闇のネットワークを通じて、世界の多くの企業や仲介者が核関連技術の違法な取引に関わっていたと指摘したと伝えられた。国家が直接動かなくても、個人や企業の連なりを通じて、最も危険な技術が静かに広がりうる——この事実は、核不拡散の枠組みが抱える死角を、世界にまざまざと示すものだった。

そして、もうひとつ深刻に意識されるようになったのが、核テロへの懸念である。冷戦が終わり、旧ソ連が抱えていた膨大な核物質の管理が問われるなか、もしそうした物質が、国家ですらない集団の手に渡ったらどうなるのか——という不安が高まった。完成した核爆弾でなくとも、放射性物質を通常の爆薬で撒き散らす、いわゆる「汚い爆弾」のような形であっても、社会に与える恐怖は計り知れない。各国は核物質の管理を強める取り組みを進めてきましたが、力が国家から、より小さく見えにくい主体へ漏れ出す可能性そのものは、今日も完全には拭い去れていないとされる。

冷戦の終わりは、確かに核戦争という巨大な悪夢を遠ざけた。けれどそれは、核の脅威が消えたことを意味しなかった。力は減ったのではなく、散らばったのだ。二つの巨人の手のなかにあった火は、いまや複数の国家へ、そして時に国家の輪郭すら越えて、見えにくく漂いはじめている。では人類は、半世紀以上前に自ら手にしてしまったこの火と、これからどう向き合っていくのだろうか。次回、最終話。核なき世界という夢と、抑止という現実のあいだで、私たちが立たされている選択を見つめる。

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