広がる火種 ― 核クラブとNPTの矛盾
米ソに続き、英・仏・中、そしてインド・パキスタンへ。核を持つ国は次々に増えていった。拡散を食い止めようとして生まれた核拡散防止条約(NPT)は、しかし「持つ国」と「持たざる国」を線引きする不平等という矛盾も抱え込む。広がる火種の歴史を中立にたどる。
2026年6月13日
前回、私たちはキューバ危機の13日間を見た。米ソが核戦争の瀬戸際で踏みとどまり、対話への小さな扉を開いた一方で、核という火は二つの大国だけのものではなくなりつつあった。
この章では、核を持つ国が増えていく歴史と、それを食い止めようとして生まれた条約をたどる。拡散を抑えるという目的は多くの国が共有しながら、その手段が「持つ国」と「持たざる国」を線引きする不平等を生んだ――核拡散防止条約(NPT)と呼ばれる仕組みは、いまも続く矛盾を抱えている。特定の国を断罪するためではなく、なぜこの矛盾が生まれ、なぜ解けないままなのかを、公的な事実に沿って見ていく。
増えていく核保有国
最初に核兵器を手にしたのはアメリカ(1945年)、次いでソ連(1949年)だった。冷戦の主役だったこの二国に続いて、ほかの国も核開発に乗り出する。
イギリスは1952年に最初の核実験を成功させた。フランスは1960年、当時統治下にあったアルジェリアのサハラ砂漠で核実験を行う。そして1964年、中国が最初の核実験に成功した。第二次世界大戦の戦勝国であり、国連安全保障理事会の常任理事国でもあるこの五か国が、相次いで核保有国となったのだ。
各国が核を求めた背景には、共通した論理があったとされる。すなわち、核を持つことが大国としての地位や、安全保障の切り札になるという見方である。ある国が持てば、対立する国も持とうとする――核は、その性質上、連鎖的に広がりやすい力だった。
拡散を止める条約 ― NPT
核保有国が五か国に達したころ、これ以上の拡散を食い止めようという機運が高まる。その結実が、核拡散防止条約(NPT)だった。1968年に署名のために開放され、1970年に発効している。
この条約は、大きく三つの柱で組み立てられているとされる。第一に、核兵器を持つ国がそれ以外の国へ核を渡さず、持たない国も新たに核を持たないという「不拡散」。第二に、核兵器国が核軍縮へ向けて誠実に交渉するという「核軍縮」。第三に、原子力を発電などの平和目的に使う権利を認める「平和利用」である。多くの国がこれに加わり、NPTは核をめぐる国際秩序の土台となった。
- 1952年
イギリスが最初の核実験を成功させ、三番目の核保有国となる。
- 1960年
フランスがサハラ砂漠で核実験を行い、核保有国となる。
- 1964年
中国が最初の核実験に成功する。戦勝五か国が核を持つに至る。
- 1968年
核拡散防止条約(NPT)が署名のために開放される(発効は1970年)。
- 1998年
インドとパキスタンが相次いで核実験を行い、核保有を表明する。
NPTは一定の成果を上げたと評価されている。条約ができる前には、もっと多くの国が核を持つようになるとの予測もありましたが、加盟国の多くは核保有を思いとどまった。拡散の速度を抑えたという点で、この条約は機能してきたといえる。
「持つ国」と「持たざる国」の線
しかし、NPTは初めから一つの矛盾を抱えていた。条約は、すでに核を持っていた五か国(米・ソ/後のロシア・英・仏・中)を「核兵器国」と認め、それ以外の国には核を持たないよう求めた――つまり、世界を「持つ国」と「持たざる国」とに線引きする構造だったのだ。
この線引きには、批判が向けられてきた。なぜ一部の国だけが核を持ち続けてよいのか、という不平等への問いである。条約は核兵器国に軍縮の努力を約束させてうが、その歩みは遅いとの指摘が、持たざる国の側からたびたび上がってきた。核兵器国の特権だけが固定され、軍縮の約束は果たされていない――そう見る立場と、現実の安全保障のもとでは段階的に進めるほかないと見る立場とが、いまも併存している。評価は分かれており、本連載は一方に与しない。
この線の外側にとどまった国もあった。インドとパキスタンはNPTに加わらず、1998年に相次いで核実験を行って核保有を表明する。両国の長い対立を背景に、南アジアに新たな核の緊張が生まれた。また、核保有について公式には肯定も否定もしない「曖昧」な姿勢をとり、NPTに加わっていないとされる国もある。条約の枠の外で、核は静かに、しかし確かに広がっていったのだ。
矛盾を抱えたまま
こうして核は、米ソから戦勝五か国へ、さらにその枠の外側へと、姿を変えながら広がっていった。NPTは拡散の速度を抑える役割を果たした一方で、「持つ国」と「持たざる国」という線引きの矛盾を抱えたまま、今日まで続いている。
この章で見たかったのは、誰が悪いのかという犯人探しではない。安全を求める各国の計算が積み重なれば、世界全体はかえって危うくなる。その危うさを抑えようとした条約もまた、別の不公平を生んでしまう。核という力には、こうした解きにくい矛盾がつきまとうということである。完全な解はまだ誰も示せておらず、議論は続いている。
そして、核が世界へ広がっていく裏側では、もう一つの代償が静かに積み上がっていた。核を持つために繰り返された無数の実験が、空と海と大地に残した、目に見えない傷跡である。次章では、太平洋の小さな環礁から世界各地へと広がった、核実験と被曝の歴史をたどる。
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