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二〇〇九年、政権交代 ― 国民が選んだ希望

二〇〇九年八月三十日、民主党は三〇八議席という歴史的圧勝で政権交代を実現した。鳩山由紀夫政権の発足、コンクリートから人へという旗印、テレビ中継された事業仕分け、子ども手当。国民が希望を託したあの夏を、史実で中立にたどる第五話。

2026年6月13日

二〇〇九年の夏、日本の政治はそれまで誰も見たことのない光景を迎えた。八月三十日に投開票された第四十五回衆議院議員総選挙で、民主党は単独で三〇八議席という巨大な勢力を獲得し、長く続いた自民党中心の政権に終止符を打ったのだ。戦後の選挙制度のもとで、国政選挙によってこれほど明確に政権が入れ替わるのは、ほとんど前例のない出来事だった。有権者は投票という一票の積み重ねで、政権そのものを取り替えたのだ。希望、期待、不安——さまざまな感情が入り混じったあの夏を、年と人物を追いながらたどっていく。

  1. 2009

    七月、麻生太郎首相が衆議院を解散。八月三十日の総選挙に向け、自民党と民主党が真正面から激突した。

  2. 2009

    八月三十日、第四十五回衆院選で民主党が三〇八議席を獲得して歴史的大勝。自民党は大きく議席を減らした。

  3. 2009

    九月十六日、国会での首班指名を経て鳩山由紀夫が第九十三代内閣総理大臣に就任。民主・社民・国民新の三党連立内閣が発足した。

  4. 2009

    十一月十日、行政刷新会議による事業仕分け作業が始まる。会場が一般に公開され、テレビでも中継された。

  5. 2009

    十一月二十七日、第一弾の事業仕分けが終了。当初の目標には届かなかったものの、約一・七兆円分が見直しなどの判定とされた。

三〇八議席という審判

二〇〇九年七月、麻生太郎首相は衆議院を解散した。リーマン・ショック後の景気の落ち込み、相次ぐ閣僚や首相自身の発言をめぐる混乱、そして長期政権への倦怠感。さまざまな逆風のなかで、自民党は厳しい選挙戦を迫られていた。一方の民主党は、「政権交代」という言葉そのものを最大のスローガンに掲げ、暮らしを立て直す主役を変えようと有権者に訴えた。

迎えた八月三十日の投開票で、結果は鮮烈だった。民主党は選挙前の議席を大きく上回る三〇八議席を獲得し、衆議院の過半数をはるかに超える勢力を一挙に築いたのだ。これに対して長く政権を担ってきた自民党は議席を大幅に減らし、攻守は完全に逆転した。小選挙区比例代表並立制という制度のもとでは、わずかな票の動きが議席数を大きく振らせる。世論の風が一方向に強く吹いたとき、その振れ幅がここまで大きくなることを、この選挙は印象づけた。

なぜこれほどの審判が下ったのか。評価は分かれる。長期政権への飽きや経済不安への不満が、受け皿としての民主党に流れ込んだという見方が一般的である。一方で、民主党が掲げたマニフェスト型の選挙が、政策で選ぶという新しい投票行動を有権者に促したと評価する声もある。いずれにせよ、有権者が選挙を通じて政権の枠組みそのものを選び直したという事実は、戦後の日本政治のなかで際立った一頁となった。

鳩山政権の発足と、コンクリートから人へ

九月十六日、鳩山由紀夫が国会で首班指名を受け、第九十三代内閣総理大臣に就任した。発足したのは民主党を中心に、社会民主党、国民新党を加えた三党による連立内閣である。長く野党の側にいた政治家たちが、いよいよ国政の運営を担うことになったのだ。

新政権が繰り返し掲げた旗印が、「コンクリートから人へ」という言葉だった。大型の公共事業に重点を置いてきたそれまでの予算配分を見直し、子育てや教育、医療や雇用といった、人そのものへの支出を手厚くしていく——その姿勢を、わかりやすい標語に込めたものだ。象徴的な政策のひとつが、中学校卒業までの子どもを対象にした子ども手当だった。家計を直接支える現金給付という発想は、暮らしの実感に近い政治を求める声に応えようとしたものとされる。

同時に、新政権は「政治主導」を強く打ち出した。これまで政策の立案で大きな役割を果たしてきた官僚機構に対し、選挙で選ばれた政治家が主導権を握るべきだという考え方である。各省庁に政務三役を置き、予算や政策の決定を政治の側に取り戻そうとした。理想として語られたこの方針は、官僚との関係をどう築くかという、のちの政権運営の難しさにもつながっていく。

テレビ中継された事業仕分け

新政権の試みのなかで、もっとも国民の目を引いたのが事業仕分けだった。十一月十日から始まったこの作業は、内閣府に設けられた行政刷新会議のもとで、国の予算に計上されたさまざまな事業を一つひとつ俎上に載せ、本当に必要かどうかを公開の場で議論するものだ。

それまで予算の細部は、専門家や官僚のあいだで決まっていくのが常で、一般の国民が中身を目にする機会はほとんどなかった。ところが事業仕分けでは、会場が公開され、議論の様子がテレビでも中継されたのだ。仕分け人が担当者に鋭く問いただし、無駄ではないかと迫る場面が茶の間に流れ、予算とはこうして決まっていたのかと、多くの人が初めてその過程に触れた。なかでも、ある科学技術関連の予算をめぐって、世界一でなければならない理由があるのかと問う場面は、賛否を含めて大きな話題を呼んだ。

第一弾の作業は十一月二十七日まで続いた。当初は数兆円規模の財源を生み出すことが期待されましたが、実際に見直しなどの判定となったのは約一・七兆円分にとどまったとされ、掲げた目標には届きなかった。

政権交代という言葉に込められた期待は、この夏、確かに現実の政権を生み出した。コンクリートから人へという理念、政治主導という決意、そして公開された予算の議論。それらは、これまでの政治とは違う何かを始めようとする意志のあらわれだった。しかし、選挙で約束した数々の理想は、いざ政権を担ってみると、財源の限界や、国の安全保障という重い現実の前で、すぐに大きな壁にぶつかっていくことになる。希望に沸いた季節は、想像よりずっと早く、試練の季節へと移り変わっていくのだ。

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