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パンデミックと空の未来

2020年、空そのものが止まった。コロナ禍は航空需要を蒸発させ、ANAとJALに巨額の損失を強いる。雇用を守るための苦闘、ゆるやかな需要の回復、そして脱炭素という新しい使命。日本の空をめぐる物語の最終章として、二強がこれから向かう先を、答えを急がずに見渡す。

2026年6月13日

前回、私たちはANAが規模で台頭し、LCCが運賃の壁を崩して、空の旅が多くの人の手に届いていく様子を見た。多様で活気に満ちた空が広がり、人々はかつてないほど気軽に飛行機に乗るようになっていた。その賑わいの只中で、誰も予想しなかったことが起こる。

2020年、世界を覆った感染症の流行――新型コロナウイルスのパンデミックは、人の移動そのものを止めた。国境は閉ざされ、出張も旅行も帰省も控えられ、空港から人影が消えた。最終章となるこの物語では、空そのものが止まったあの日々から、ゆるやかな回復、そして脱炭素という新しい使命までを見渡し、日本の空をめぐる長い物語の締めくくりとしたいと思う。

空が止まった日

需要の蒸発、という言葉があった。コロナ禍の航空業界を語るとき、それは比喩ではなく、文字どおりの現実だった。

各国が入国を制限し、人々が移動を自粛するなかで、飛行機の利用は急速に落ち込んだ。とりわけ国際線は、一時ほとんどの便が飛ばせない状態に追い込まれたと報じられている。機体は地上に並んだまま動かず、それでも維持費はかかり続ける。航空会社にとって、これほど過酷な状況はなかった。ANAとJALはそろって巨額の損失を計上し、それぞれの歴史のなかでも例を見ない規模の赤字に陥ったと伝えられている。第8話で見たJALの破綻が一社の経営の問題だったとすれば、今度は二強がそろって、外から襲ってきた嵐に直面したのだ。

  1. 2020年

    新型コロナウイルスの世界的流行で各国が移動を制限し、航空需要が急速に蒸発する。

  2. 2020年代前半

    ANA・JALがそれぞれ巨額の損失を計上し、雇用維持のための対応を迫られる。

  3. 2021年

    ANAとJALが2050年カーボンニュートラルに向けたSAFの共同レポートを策定する。

  4. 2020年代半ば

    渡航制限の緩和とともに旅客需要がゆるやかに回復していく。

  5. 2050年(目標)

    航空輸送によるCO2排出の実質ゼロを目指す国際的な目標が掲げられる。

危機は、会社の数字だけの問題ではなかった。そこには、空を支える多くの人々の暮らしがあった。

翼を、たたまずに

巨額の損失を前に、二社が何より重く受けとめたのは、雇用をどう守るかという問いだった。

報道によれば、両社は賞与の削減や給与の見直しといった痛みを社員に分かち合うことを求めつつ、一方では、社員を一時的に社外へ送り出す出向という形で雇用を維持しようとしたとされる。航空会社の社員が、家電量販店やスーパーマーケットなど、まったく異なる業種の現場で働く――そんな光景が各地で見られた。航空各社にとって、訓練を重ねた人材は、危機を越えた先の回復を担う何より大切な財産である。だからこそ、苦しいなかでも翼をたたみきってしまわないよう、雇用をつなぎとめる苦闘が続いた。

やがて、感染をめぐる状況が少しずつ落ち着き、渡航の制限が緩められていくと、止まっていた人の流れは戻りはじめる。とりわけ、海外から日本を訪れる人々の需要が回復を後押ししたと伝えられている。空港にふたたび人が満ち、機体が次々と空へ戻っていく。長い冬を越えて、日本の空は息を吹き返していった。ただ、回復の歩みは路線や時期によって差があり、危機が残した傷や教訓は、すぐに消えるものではなかった。

脱炭素という、次の地平

危機を越えた空が向き合う新しい使命が、脱炭素――気候変動への対応である。

飛行機は、その便利さの裏で、燃料を燃やして多くの二酸化炭素を排出する。気候変動への関心が世界的に高まるなかで、航空業界もまた、排出を減らす責任を強く問われるようになった。その中心にあるのが、SAFと呼ばれる持続可能な航空燃料である。廃食用油やバイオマスなどを原料とするこの燃料は、つくられてから燃やされるまでの過程全体で見れば、従来の燃料に比べてCO2の排出を大きく抑えられるとされている。

二酸化炭素を出さずに、それでも人々を遠くへ運ぶ。一見すると矛盾するこの願いに、航空業界は技術と知恵を注ぎ込もうとしている。燃費のよい新しい機体、運航のむだの削減、そしてSAFの普及。どれも一朝一夕には進まないからこそ、ここでも近道はなく、長い積み重ねが求められている。

これからの日本の空へ

戦後、敗戦とともに日本の空は閉ざされ、自国の翼を持つことすら許されない時代から、この物語は始まった。独立を経てナショナルフラッグが生まれ、ジャンボジェットが大空を飛び、後発の挑戦者が二強の一角へと育ち、国は二社のすみ分けを定め、やがてそれを解いて競争の時代へと舵を切った。深い悲しみを経験した夏があり、世界の空へ羽ばたいたアライアンスがあり、翼を失った破綻と、そこからの再建があった。そして空を大衆に開いたLCCの登場と、すべてを揺るがしたパンデミック。長い道のりだった。

その全体を振り返って、私たちは「だからこうあるべきだ」という結論を、急いで差し出そうとは思わない。ANAとJALのどちらが正しかったのか、競争と協調のどちらが望ましいのか――そうした問いに、ひとつの答えを当てはめるには、空の物語はあまりに豊かで、あまりに多くの人の営みでできている。

空は、明日も飛び立つ。栄光と挫折、競争と協調、便利さとその代償――その光と影を同時に見つめることが、空の旅という、私たちのすぐそばにある奇跡をあらためて知ることにつながれば、これにまさる喜びはない。戦後の焼け跡から、脱炭素のまだ見ぬ空へ。この長い物語を、ここまで読み進めてくださった読者のみなさんに、心から感謝する。答えを急がず、これからも一緒に、日本の空のゆくえを見つめていきよう。

【ANAとJAL ― 日本の空をめぐる物語・完】

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