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連載 ・ 全10話
笑いの帝国 ― ニッポンお笑い100年
笑いは、いつから「お金を払って聞きにいくもの」になったのか。戦国の御伽衆から生まれた落語、新年を寿いだ万歳から枝分かれした漫才、そして江戸に立った寄席という小屋。日本の話芸の源流を、史実をたどりながら静かに描く連載第1話。
- 01 寄席という発明 ― 江戸の落語、上方の万歳、笑いが商売になった日 笑いは、いつから「お金を払って聞きにいくもの」になったのか。戦国の御伽衆から生まれた落語、新年を寿いだ万歳から枝分かれした漫才、そして江戸に立った寄席という小屋。日本の話芸の源流を、史実をたどりながら静かに描く連載第1話。
- 02 ラジオが運んだ笑い ― エンタツ・アチャコと、しゃべくり漫才の夜明け 1925年、日本の空をラジオの電波が走り始めた。寄席の小屋に閉じていた笑いは、茶の間へと解き放たれる。楽器も歌も捨て、会話だけで笑わせた横山エンタツと花菱アチャコ。彼らが生んだしゃべくり漫才は、なぜ時代を変えたのか。近代漫才の確立をたどる連載第2話。
- 03 ブラウン管の道化師たち — 茶の間を笑わせた人々 1953年、日本にテレビ放送が始まった。寄席とラジオで磨かれた笑いは、やがて映像という新しい器に注ぎ込まれる。クレージーキャッツの音楽とコント、てんぷくトリオの体当たり、そしてお笑いがテレビの主役へと駆け上がっていく黎明期を、その光と影の両面から中立にたどる。
- 04 漫才ブーム爆発 — 笑いが時代を動かした日 1980年、フジテレビの『THE MANZAI』をきっかけに、漫才は日本中を巻き込む社会現象となった。B&B、ツービート、紳助竜介。猛烈なスピードと若々しい毒が、お笑いを若者文化の最前線へ押し上げた約三年間の熱狂を、その輝きと過熱の両面から中立にたどる。
- 05 ひょうきん族とビッグ3 ― 笑いが横綱を倒した土曜日 1981年、土曜夜8時。台本通りの王道コントが君臨する茶の間に、アドリブと内輪ウケだらけの新しい笑いが殴り込んだ。『オレたちひょうきん族』とビートたけし・明石家さんま・タモリのビッグ3が築いた、バラエティ黄金時代を史実ベースで描く。
- 06 ダウンタウンの革命 ― 笑いの神様を疑え 間(ま)で笑わせる。意味の手前で笑わせる。1982年に大阪で結成された二人組は、テンポと分かりやすさを競ってきたお笑いの常識そのものを書き換えた。ダウンタウンと『ごっつええ感じ』が起こした感性の革命を、史実ベース・中立に描く。
- 07 吉本興業という帝国 ― 笑いはこうして売られた 大阪の小さな寄席から始まり、100年をかけて日本最大の芸能企業へと育った吉本興業。NSCという養成所が生んだ芸人の大量供給と、お笑いを産業に変えたビジネスの構造、そして報じられた業界の課題までを、特定個人を断罪せず中立に描く。
- 08 M-1という劇場 ― 4分間にかけた青春 ボキャブラ天国に始まるネタ番組ブームを経て、2001年に誕生したM-1グランプリ。コンビ結成10年以内、たった数分のネタで頂点を競うこの賞レースは、無名の芸人を一夜でスターに変えた。賞レースの時代がもたらした熱狂と重圧を、史実ベースで中立に描く。
- 09 ひな壇とネットの笑い ― 芸人が生きる場所が増えた日 賞レースが生んだスターは、4分のネタの外でどう生き延びたのか。ひな壇に並んでトーク力を磨き、ピン芸で勝負し、やがてテレビの外のYouTubeやSNSへ。笑いの場所が一気に増えた2000年代以降を、光と影の両面からたどる第9話。
- 10 笑いの現在地 ― 傷つけない笑いは、つまらないのか コンプライアンス、いじりと差別をめぐる意識の変化、配信時代の表現。誰かを傷つける笑いへの問い直しと、表現の自由への思い。百年の物語の終わりに、笑いのこれからを、答えを急がず多面的に見渡す最終章。