世界へ ― 帝国への一歩と第一次大戦
国境の内側で力を蓄えたアメリカは、ついに海の外へ踏み出す。米西戦争で植民地を手にし、社会のひずみを正そうとする革新主義が芽吹き、やがて第一次世界大戦に参戦して世界の運命に関わった。だが理想を掲げたその国は、戦後ふたたび孤立へと引き返す。膨張と理想とためらいの物語。
2026年6月12日
前回見たように、十九世紀末のアメリカは世界最大の工業国へと成長していた。国土は鉄道で結ばれ、工場は止まることなく製品を吐き出し続ける。だがその力は、やがて国内だけでは収まりきらなくなった。あふれる生産力は新しい市場を求め、強大になった国は世界の中での自分の役割を意識し始める。建国以来、ヨーロッパの争いから距離を置いてきたこの国が、いま初めて、海の外へと足を踏み出そうとしていた。
メイン号の爆発から帝国へ
きっかけは、カリブ海の小さな島だった。当時キューバはスペインの植民地で、独立を求める反乱が続いていた。アメリカはこの島の砂糖やタバコの産業に多額の投資をしており、世論はしだいにスペインへの干渉に傾いていく。
一八九八年二月、ハバナ湾に停泊していたアメリカの戦艦メイン号が突然爆発し、二百六十名を超す乗員が命を落とした。原因は今もはっきりしないとされるが、当時のアメリカの新聞は事故をスペインの仕業と書き立て、世論の好戦的な空気は一気に高まる。同じ年の四月、アメリカはスペインに宣戦を布告した。米西戦争である。
戦争は数か月で終わり、アメリカが勝利した。同年末のパリ条約で、キューバはスペインから独立を認められ、アメリカはフィリピン、グアム、プエルトリコを手に入れる。建国の地から遠く離れた太平洋とカリブ海に、アメリカの領土が広がったのだ。
国の中を立て直す ― 革新主義
外へ膨張する一方で、アメリカは国内のひずみとも向き合い始める。前回見た金ぴかの時代が残した独占、格差、汚職、劣悪な労働環境――これらを正そうとする改革の動きが、十九世紀末から二十世紀初めにかけて広がった。革新主義(プログレッシブ運動)と呼ばれる流れである。
この時代、社会の暗部を取材して暴き出す記者たち(マックレーカー、=汚れをかき出す者)が活躍した。彼らは大企業の不正や、不衛生な食品工場、政治の腐敗を世に知らせ、改革を求める世論をかき立てる。政治もこれに応えていった。セオドア・ローズベルト大統領は巨大企業の独占に挑み、「トラスト退治」を進めたとされる。続くウッドロー・ウィルソン大統領のもとでは、中央銀行にあたる連邦準備制度や、企業を監視する連邦取引委員会が設けられ、独占を抑える法律も整えられた。
- 1898
米西戦争。アメリカがフィリピン・グアム・プエルトリコを獲得する。
- 1901
セオドア・ローズベルトが大統領に。革新主義の改革が本格化。
- 1914
ヨーロッパで第一次世界大戦が勃発。アメリカは中立を保つ。
- 1917
アメリカがドイツに宣戦布告し、第一次世界大戦に参戦。
- 1920
女性参政権を認める憲法修正第十九条が成立する。
改革の波は、人々の権利にも及んだ。長く運動が続いてきた女性の参政権は、一九二〇年に憲法修正第十九条として実を結び、女性が投票する権利が認められる。革新主義は、急成長のひずみを国家の力で和らげようとする試みだった。市場を自由に任せるだけでなく、政府が社会のバランスを取る――その考え方が、このとき根を下ろし始めたのだ。もっとも、この改革が黒人差別の解消にはほとんど及ばなかったことなど、その限界も指摘されている。
世界大戦への参戦と、理想のゆくえ
一九一四年、ヨーロッパで第一次世界大戦が始まる。アメリカは当初、この遠い大陸の戦争に関わるまいと中立を保った。建国以来の、ヨーロッパの争いに巻き込まれまいとする姿勢――孤立主義の伝統が、なお生きていたのだ。
しかし、中立を保ち続けることはしだいに難しくなっていく。ドイツの潜水艦による無差別な攻撃で、アメリカ人を含む民間人が犠牲になる事件が相次いだ。経済的にも、アメリカは連合国側との貿易や貸付を通じて深く結びついていく。そして一九一七年四月、ウィルソンは「世界を民主主義にとって安全な場所にする」という理念を掲げて、ついにドイツへの宣戦を議会に求めた。
新興の工業国が送り込む兵力と物資は、三年以上の戦いで消耗しきった連合国に決定的な後押しを与える。海を渡った二百万人規模のアメリカ兵が前線に立ち、翌一九一八年十一月、ついに戦争は終わった。アメリカは初めて、ヨーロッパの戦争の帰すうを左右する存在になったのだ。建国以来、世界の片隅で力を蓄えてきた国が、世界の中心の一つへと躍り出た瞬間だった。
戦争が終わると、アメリカは再び世界から距離を置く方向へ傾いていった。ヨーロッパの問題に深入りせず、自国の繁栄に専念しようとする空気が広がる。世界の表舞台に一度は立ちながら、もう一歩を踏み出さずに引き返した――この時期のアメリカは、膨張への意欲と、巻き込まれることへの強い警戒のあいだで揺れていた。世界を主導する超大国になるには、まだ時間が必要だったのだ。
世界大戦は終わり、アメリカは戦勝国として、かつてない富と自信を手にした。ヨーロッパが疲弊するなか、この国だけが大きく傷つかずに繁栄を謳歌する。やがて街には自動車があふれ、ジャズが鳴り響き、人々は浮かれた好景気に酔いしれていく。けれども、その熱狂のただ中で、足元では見えない亀裂が静かに広がっていた。次回は、輝かしい繁栄が一夜にして崩れ落ち、アメリカが国家のあり方そのものを問い直す物語である。
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