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一流の値段の正体 — ブランドはなぜ高いのか

巨大化した中国市場、サステナビリティという新しい良心、転売と中古がつくる第二の市場、そしてロゴから体験へ。一流の値段とは何の対価なのか。旅行鞄から始まった百五十年の物語の終わりに、答えを急がずラグジュアリーの現在と未来を見渡す最終章。

2026年6月13日

前回、私たちはラグジュアリーがストリートと手を結び、街へ降りていった時代を見た。スニーカーやスケート文化との協業、ヴァージル・アブローが開いた扉、SNSが復権させたロゴ。敷居を下げることで、ブランドはかえって新しい熱狂を手に入れたのだった。

旅行鞄の職人から始まったこの物語も、いよいよ最終章である。一八五四年に一つのトランクから出発したラグジュアリーは、いまや巨大な産業へと育った。けれど膨らんだ帝国の足もとには、新しい問いがいくつも積み上がっている。市場はどこへ広がり、ブランドはどんな良心を求められ、そして私たちが払う「一流の値段」とは、いったい何の対価なのか。答えを急がず、現在から未来への風景を一緒に見渡していきよう。

巨大化した市場と、移ろう重心

二十一世紀のラグジュアリーは、かつてない規模に達した。ある調査会社の報告では、世界の個人向け高級品市場は数千億ユーロ規模に育ったとされ、その成長を長く牽引してきたのが中国を中心とするアジアの存在である。第8話でたどった日本の熱狂が、やがて中国へと受け継がれ、世界最大級の消費を生み出したと報じられている。

  1. 2018年

    バーバリーが売れ残り品の焼却と毛皮の使用をやめる方針を表明したと報じられる。

  2. 2020年代前半

    中国を中心とするアジア市場が高級品消費を牽引する一方、景気の波で市場は揺れる。

  3. 2024年

    調査会社が、若い世代を中心に新品高級品への支出が鈍る一方、中古市場が伸びていると報告。

  4. 現在

    ロゴの所有から体験・物語へと、ラグジュアリーの価値の重心が移りつつあると論じられる。

もっとも、巨大な市場は安定とは限らない。景気の波や為替、ある国への依存度の高さは、そのままブランドの業績を大きく揺らする。一つの金脈に頼りすぎることの危うさは、日本のバブルの記憶とも重なる。市場は広がりながらも、その重心は絶えず移ろい続けているのだ。

良心という新しいコスト

膨らんだ産業には、新しい責任も問われるようになった。サステナビリティ——持続可能性である。

象徴的だったのが、二〇一八年の出来事である。ある老舗ブランドが、価値を守るために大量の売れ残り品を焼却処分していたことが明らかになり、強い批判を浴んだ。この反発を受けて同社は、今後は売れ残りを燃やさず、本物の毛皮も使わないと表明したと報じられている。希少性を守るために廃棄するという、それまで業界で珍しくなかったとされる慣行に、社会の目が向けられた瞬間だった。

かつてコストとは、上質な素材や職人の手間を指す言葉だった。いまそこに、環境や人権への配慮という新しい項目が加わりつつある。良心もまた、一流の値段を構成する要素になり始めているのだ。

二度目の人生を生きるブランド

もう一つ、現在を語るうえで欠かせないのが、転売と中古の市場である。

かつて高級品は、買った人の手もとで完結するものだった。けれど近年、状態のよい中古品をオンラインで売買する仕組みが急速に広がり、世界の中古高級品市場は数百億ドル規模に達したと報告されている。とりわけ若い世代では、新品への支出が鈍る一方で、中古をいちばん速く伸びる入り口とする傾向があると指摘されている。手が届く価格、一点ものとの出会い、そして環境への配慮——いくつもの動機が、この市場を押し上げているとされる。

買って終わりではなく、手放したあともブランドは生き続ける。その第二の市場をどう味方につけるかが、これからの一つの分かれ目になりそうである。

一流の値段とは、何だったのか

ここまで百五十年をたどってきて、最初の問いに戻りよう。ブランドは、なぜ高いのか。

答えは一つではない。上質な素材と、長い時間をかけた職人の手仕事。それは確かな対価である。けれど高い値段が指してきたのは、それだけではなかった。ルイ・ヴィトンが鞄に込めた物語、シャネルが服に託した自由、エルメスが守り抜いた希少性、LVMHが磨き上げたブランドという仕組み。私たちは素材や手間と同時に、その背後にある物語や、それを持つ自分への意味づけにお金を払ってきたのだ。

では、ラグジュアリーはこれからどこへ向かうのだろう。中国に続く新しい市場が現れるのか、サステナビリティが価値の中心になるのか、中古とレンタルが所有を置き換えていくのか、体験への支払いがモノを超えるのか——どれも、これから無数の作り手と買い手が下す選択の先にある。確かな答えを、私たちはまだ持っていない。

ただ一つ言えるのは、ブランドは時代を映す鏡だということである。何を美しいと感じ、何に憧れ、何にお金を払うのか。その姿が、ラグジュアリーの次の百年をかたちづくっていく。

一つの旅行鞄から始まったこの長い物語に、最後まで付き合ってくださった読者のみなさんに、心から感謝する。光と影を同時に見つめることが、私たち自身の欲望と価値観を静かに照らし返してくれたなら、これにまさる喜びはない。一流の値段の正体に、簡単な結論は出しない。それを問い続けること自体が、ブランドという鏡の前に立つということなのだと思う。

【ブランドの帝国 ― 高級ブランド150年の物語・完】

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