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ストリートとの結婚 — ラグジュアリーが街へ降りた日

敷居の高さこそが誇りだった高級ブランドが、スニーカーやスケーターの文化と手を結んだ。「ルイ・ヴィトン」と「シュプリーム」の衝突、ヴァージル・アブローの登場、SNSが復権させたロゴ。大衆化という賭けが、ラグジュアリーに何をもたらしたのかをたどる第9話。

2026年6月13日

前回、私たちは日本という金脈を見た。バブル期の熱狂が高級ブランドを「みんなが持つもの」へと押し広げ、その熱がやがてアジアへ、中国へと伝播していった様子である。ブランドは敷居の高さを誇りにしながらも、より広い客層をどう取り込むかという課題を、静かに抱え込んでいた。

そして二十一世紀、ラグジュアリーは思いもよらない相手と手を結ぶ。スケートボードやヒップホップ、路上から生まれたストリートカルチャー——かつてなら「対極」とされた世界である。格式の頂点にいたはずのブランドが、なぜ街へ降りていったのか。この章では、ラグジュアリーとストリートが結婚した時代を、その光と影の両面から見つめる。

殿堂とスケーターが出会った日

二〇一七年一月、パリのメンズコレクションで一つの発表がファッション界を揺らした。「ルイ・ヴィトン」が、ニューヨーク発のストリートブランド「シュプリーム」とのコラボレーションを披露したのだ。

「シュプリーム」は一九九〇年代、スケートボード文化のなかから生まれたブランドだった。赤い箱に白抜きの文字を置いた通称ボックスロゴは、若者たちの間でカルト的な人気を誇り、新作のたびに長い行列ができることで知られていた。一方の「ルイ・ヴィトン」は、本連載の第1話でたどったように、一八五四年創業の旅行鞄から始まった老舗中の老舗である。格式と歴史を重んじる殿堂が、路上から立ち上がった新興ブランドと組む——その組み合わせ自体が、業界の常識を裏返すものだった。

茶色いモノグラム地に赤いボックスロゴを重ねたバッグや衣類は、同年の夏に限定的に販売され、世界各地のポップアップには長い列ができたと報じられている。伝統的に、高級ブランドはストリートウェアとの協業を避けてきたとされるが、この二つの邂逅は、相反するはずのブランド同士でも商業的に成立しうることを示したと評された。

  1. 1990年代

    ニューヨークのスケート文化から「シュプリーム」が生まれ、若者のカルト的支持を集める。

  2. 2017年

    「ルイ・ヴィトン」が「シュプリーム」とのコラボを発表。殿堂とストリートの結合が話題を呼ぶ。

  3. 2018年

    「ルイ・ヴィトン」がヴァージル・アブローをメンズの芸術監督に起用。6月にパリで初コレクションを披露。

  4. 2021年

    アブロー、闘病の末に41歳で死去したと報じられる。

この一件は、単なる話題づくりにとどまりなかった。「敷居を下げる」ことが、ブランドを安っぽくするどころか、むしろ新しい熱狂を呼び込みうる——その可能性を、業界全体に強く印象づけたのだ。

ヴァージル・アブローという扉

ストリートとラグジュアリーの結婚を象徴する人物が、ヴァージル・アブローだった。

建築を学んだ経歴を持つ彼は、音楽やアートの周辺で活動したのち、二〇一二年に自身のブランド「オフ-ホワイト」を立ち上げる。引用符をあしらったデザインや、既存のものを少しだけずらして提示する手法で、若い世代の支持を集めた。そして二〇一八年、「ルイ・ヴィトン」が彼をメンズのアーティスティック・ディレクターに起用する。アブローは、創業から一世紀以上を数えるこの名門のメンズ部門を率いる、アフリカにルーツを持つ初めての人物になったと報じられた。同年六月、パリで披露された初のコレクションは、虹色のランウェイとともに大きな注目を集めたと伝えられている。

ストリートの感性をまとった老舗は、若者にとって急に「自分たちのもの」へと近づいた。父や母が憧れたブランドではなく、自分の世代が語れるブランドへ——その距離の縮め方こそ、この時代のラグジュアリーが見いだした生き残りの道だった。

SNSが復権させたロゴ

もう一つ、この時代を動かした力がある。スマートフォンと、SNSである。

第6話でたどったように、一九七〇〜八〇年代にはロゴの氾濫がブランド価値を希薄にし、老舗を危機に追い込んだ。その反省から、九〇年代以降はむしろロゴを控えめにする流れもあった。ところが二〇一〇年代、写真を共有するSNSが普及すると、状況はふたたび反転する。一目でそれと分かる大きなロゴやモノグラムは、画面の上で強く映え、「写真映え」する記号として再評価されたのだ。

ストリートとの結婚は、こうしたSNSの追い風と重なって大きなうねりになった。限定コラボの発売日に行列ができ、その様子が拡散され、さらに欲望をかき立てる。ラグジュアリーは、敷居を下げることで、かえって新しい種類の「手の届かなさ」を演出することに成功したとも言える。

開かれた扉の、その先で

街へ降りたラグジュアリーは、確かに新しい活力を得た。若い世代と、巨大な新興市場と、SNSという拡声器を味方につけ、業界はかつてない規模へと膨らんでいく。

けれども、ここには問いも残る。誰もが憧れ、しかし容易には手が届かない——その絶妙な距離感こそが、ラグジュアリーの価値を支えてきたはずだった。敷居を下げて多くの人を招き入れることと、特別であり続けること。この二つは、本来は相反する。ストリートとの結婚は、その緊張を一時的に解いてみせた鮮やかな手品でしたが、手品の種が知れわたれば、魔法は解けるかもしれない。

街に降りたブランドは、これからどこへ向かうのか。そして、そもそも私たちは何に対してその値段を払っているのか。次の最終章では、現在から未来へと視線を移し、ラグジュアリーがいま立っている地点を見渡する。

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