グッチ家の栄光と確執 ― フィレンツェの職人魂
ロンドンのホテルで他国の富を間近に見た一人の青年が、1921年、故郷フィレンツェで革製品の店を開いた。馬具に学んだ品格、竹のバッグ、世界への飛躍。だが栄光の裏で、一族は確執の渦に巻き込まれていく。光と影を中立にたどる第4話。
2026年6月13日
20世紀のはじめ、イタリアの古都フィレンツェには、ルネサンス以来の職人たちの技が息づいていた。革をなめし、縫い、磨く手仕事は、この街の誇りそのものだった。そんな街に、ロンドンから一人の青年が戻ってくる。高級ホテルで働きながら、他国の富裕層がどんな鞄を持ち、どんな暮らしを良しとするのかを間近に見てきた男だった。彼の名は「グッチオ・グッチ」。1921年、彼が故郷で開いた小さな革製品の店こそ、後に世界を席巻するイタリアン・ラグジュアリーの出発点になる。けれどその物語は、栄光とともに、一族の確執という影も抱え込んでいくことになった。
- 1921
「グッチオ・グッチ」がフィレンツェで革製品と旅行鞄の店を開く。これがグッチの始まりとされる。
- 1947
竹を熱で曲げてハンドルに用いた「バンブーバッグ」が登場したとされ、戦後の素材難のなかから生まれた名品となる。
- 1953
創業者グッチオ・グッチが世を去る。事業は息子たちへと引き継がれ、海外展開が本格化していく。
- 1980年代
ライセンスの拡大とともにブランドが広く知られる一方、一族内の対立や経営の混乱が表面化していったと報じられる。
- 1990年代
一族が経営の表舞台から退き、ブランドは外部資本と専門経営者のもとで再生の道を歩み始める。
ロンドン帰りの青年が開いた店
「グッチオ・グッチ」は、若い頃にロンドンの高級ホテルで働いた経験を持つとされる。皿洗いから始め、ボーイとして客に接するなかで、彼は王侯貴族や富裕層が旅にどんな鞄を携え、どんな品に金を惜しまないのかを、毎日のように観察していた。一流の暮らしの「目」を、彼は給仕の現場で養っていったのだ。
フィレンツェに戻った彼は、1921年、革製品と旅行鞄を扱う店を開く。この街には、上質な革と、それを仕立てる熟練の職人がそろっていた。グッチオは、フィレンツェの確かな手仕事と、ロンドンで吸収した洗練された趣味とを掛け合わせ、品格のある革製品をつくり始める。馬具や乗馬の道具を扱った経験から、轡(くつわ)や鐙(あぶみ)、革をつなぐ留め具といった馬具に由来するモチーフが、自然とデザインに取り込まれていった。後にグッチの象徴となる「ホースビット」金具は、まさにこの馬具の記憶から生まれたものとされる。
第二次世界大戦の前後には、革をはじめとする素材が手に入りにくい時期があった。その制約のなかで生まれたとされるのが、竹を熱で曲げてハンドルに用いた「バンブーバッグ」である。1947年ごろに登場したと伝えられるこのバッグは、素材難という逆境を、独創的な意匠へと転じた一例として知られている。乏しさのなかから美を生み出す——職人の街フィレンツェらしい知恵が、ここには結晶していた。
世界へ、そして一族の渦へ
1953年に創業者グッチオが世を去ると、事業は息子たちへと受け継がれた。なかでも積極的に海外展開を進めたのが、息子の一人であるアルド・グッチだったと伝えられる。ニューヨークをはじめ、ロンドン、パリといった主要都市に店を構え、グッチの赤と緑のラインや馬具モチーフは、旅と華やぎを連想させる国際的な記号として広まっていった。フィレンツェの小さな革店は、一代を経て、世界が知るブランドへと育っていったのだ。
しかし、ブランドが大きくなるほど、それを支える一族の関係には緊張が走っていった。経営の方針や利益の配分、ブランドを誰がどう導くのか——こうした問題をめぐり、一族のあいだに対立が生じていったと、複数の報道や記録は伝えている。1970年代から80年代にかけては、ブランドの名を冠した商品が幅広く展開される一方で、その管理や一族内の足並みをめぐる混乱も指摘されるようになった。栄光と確執は、しばしば同じ家のなかで隣り合っていたのだ。
創業家の手を離れて
やがて1980年代後半には外部資本が経営に加わり、1990年代には一族が経営の表舞台から退いていったと報じられている。創業家の手を離れたグッチは、専門経営者のもとで立て直しの道を歩み始めた。一族が「持つ」ブランドから、組織が「運営する」ブランドへ。それは、創業者の個性や家族の絆に依存してきたラグジュアリーが、近代的な企業へと姿を変えていく転換点でもあった。
なお、この一族をめぐっては、後年に痛ましい事件も伝えられ、映画などの題材にもなりましたが、本稿ではブランドの歩みに焦点を当て、私的な出来事の詳細には立ち入らないこととする。語り得る公知の事実と、敬意をもって沈黙すべき領域とを分けること——それもまた、ブランドの歴史を扱うときに忘れてはならない姿勢である。
フィレンツェの一軒の店から始まったグッチは、職人の手仕事を国際的なブランドへと押し上げ、同時に、家族経営という形が抱える難しさをも体現した。創造する喜びと、それを継いでいくことの重さ。その両方を、この一族の物語は教えてくれる。一方そのころ、戦争で傷ついたパリは、ふたたび華やぎを取り戻そうとしていた。次の舞台では、一着のドレスがモードの黄金期の幕開けを告げることになる。
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