クロニカ クロニカ
← エネルギーの世界史 ― 火から核融合まで の目次へ

エネルギーの未来 ― 水素・核融合・その先へ

火から始まった人類の動力の物語は、ついに地上に太陽をつくる挑戦へとたどり着いた。水素エネルギー、核融合、進化する蓄電技術、そしてエネルギー安全保障。人類は次の文明をどんな力で動かすのか。答えを急がず、その兆しを見渡す最終話。

2026年6月14日

前回、私たちは気候変動という地球規模の課題が、化石燃料という三百年の主役からの卒業を人類に迫っている様子を見た。脱炭素という大きな転換は、理想と現実のあいだで揺れながらも、確かに動きはじめている。

では、その化石燃料の次に、人類はいったいどんな力で文明を動かしていくのだろうか。この最終章では、いま静かに育ちつつあるいくつかの兆しを並べて、エネルギーの未来を見渡してみたいと思う。水素という新しい運び手、地上に太陽をつくろうとする核融合の挑戦、力をためる技術の進化、そして力を「誰が握るか」というエネルギー安全保障の問い。どれもまだ途上にあり、はっきりした結論を出せるものではない。けれど、火を手にした猿から始まった長い物語の続きとして、その輪郭を一緒に眺めてみよう。

燃えても水しか出さない ― 水素という運び手

脱炭素の文脈で、しばしば期待を込めて語られるのが「水素」である。水素は燃やしても二酸化炭素を出さず、あとに残るのは水だけ――そのため、化石燃料に代わる動力源として注目されてきた。

ただし、水素には少し注意が要る。水素は地球上に単体ではほとんど存在せず、何らかのエネルギーを使ってつくり出さねばならない。その「つくり方」によって、環境への意味が大きく変わるのだ。化石燃料からつくれば二酸化炭素が出てしまい、再生可能エネルギーの電気で水を分解してつくれば、ほぼ排出のない水素になるとされる。後者は「グリーン水素」と呼ばれ、期待を集めている。つまり水素は、それ自体がエネルギー源というより、つくった力を運び、ためておくための「運び手」としての性格が強いのだ。製造のコストや、運ぶ・ためる際の技術的な難しさなど、乗り越えるべき課題はまだ多く残されていると報じられている。

地上に太陽をつくる ― 核融合への長い挑戦

そして、エネルギーの未来を語るとき、ひときわ大きな夢として語られてきたのが「核融合」である。

第六話で見た原子力発電は、重い原子核を分裂させてエネルギーを取り出す「核分裂」を利用していた。核融合はその逆で、水素のような軽い原子核どうしを融合させてエネルギーを生み出する。これは、太陽が光り輝いているのと同じ原理である。だからこそ核融合は、しばしば「地上に太陽をつくる」と表現されてきた。燃料となる重水素は海水から取り出せるとされ、資源をめぐる争いから解き放たれる可能性も語られる。

  1. 1950年代

    核融合をエネルギー利用しようとする研究が、各国で本格的に始まる。

  2. 1985年

    米ソ首脳会談を契機に、核融合実験炉を国際協力で建設する構想が動き出す。

  3. 2007年

    日本や欧州など複数の国・地域が参加する国際熱核融合実験炉(ITER)計画が正式に発足する。

  4. 2020年代

    ITERの本体組立が進み、民間企業も参入して、各国の開発競争が広がっていると報じられる。

  5. 2040年代

    発電を実証する原型炉の建設を、日本を含む各国が目標として描いている。

核融合の実現は、決して簡単ではない。原子核どうしを融合させるには、太陽の中心にも匹敵するような超高温の状態を地上でつくり出し、それを安定して閉じ込め続けねばならないからである。長年「あと数十年で実現する」と言われ続けてきたことから、過度な期待を戒める声も根強くある。それでも近年は、フランスで建設が進む国際協力の実験炉ITERの本体組立が進展し、民間企業も次々と参入して、開発の競争が世界で広がっていると報じられている。商業的な発電にたどり着けるかはなお不透明であるが、人類が長く追い求めてきた夢が、少しずつ現実味を帯びてきている――そんな段階にあると言えるだろう。

力をためる、力を守る ― 蓄電と安全保障

未来のエネルギーを考えるうえで、華やかな新技術と並んで欠かせないのが、もっと地味に見える二つの課題である。一つは「ためる」こと、もう一つは「守る」ことである。

再生可能エネルギーは、太陽が照り風が吹くときにしか電気をつくれない。だからこそ、つくった力をためておく蓄電の技術が決定的に重要になる。電気自動車にも使われる電池の性能は年々高まり、価格も下がってきたとされるが、社会全体を支えるほど大量の電気を、安く長くためる技術は、いまも探求の途上にある。揚水発電や水素、さまざまな新しい電池――力をためる手段の競争が、未来を左右していくだろう。

どんなに優れた発電の技術が生まれても、それをためられず、安定して守れなければ、文明を支える力にはならない。未来のエネルギーは、つくる技術と、ためる技術と、守る仕組みの、三つがそろって初めて形になるのだ。

火から核融合まで ― 人類と力の物語

この連載を通じて、私たちは人類が動力を手にしてきた長い道のりをたどってきた。

火を囲んだ猿が暖と明かりを得た日から、水車と風車が人力と畜力を助け、石炭が産業革命を回し、電気が世界を照らし、石油が二十世紀を駆動させ、ダムと送電網が国家を支え、原子の火が夢と恐れを同時にもたらし、風と光が新しい選択肢となり、脱炭素が三百年の主役からの卒業を迫る――。エネルギーの歴史とは、人類が「より大きな力」を求め続けた歴史であり、同時に、その力がもたらす恵みと災いに向き合い続けた歴史でもあった。

水素も、核融合も、蓄電も、その先に待つまだ名もない技術も、この長い物語の続きにある。それらが人類を救うのか、新たな難題を生むのか――私たちはまだ、確かな答えを持っていない。歴史が教えてくれるのは、どんな力にも必ず光と影があり、その力を恵みとするか災いとするかは、技術そのものではなく、それを手にする人間の選択にかかっている、ということである。火は暖をくれると同時に、すべてを焼き尽くす力でもあった。私たちが次に手にする力もまた、きっと同じなのだろう。

人類はどんな動力で、次の文明を動かしていくのか。その答えを出すのは、未来を生きる人々であり、いまを生きる私たち自身である。安易な結論を急ぐより、この問いを抱え続けながら、一つひとつの選択を重ねていくこと――それこそが、火を手にした猿から受け継いだ、私たちの責任なのかもしれない。

火から核融合まで、長い長い旅にお付き合いくださった読者のみなさんに、心から感謝する。この物語が、私たちの足もとを照らしてきた力の正体と、その光と影に思いをめぐらせるきっかけになれば、これにまさる喜びはない。動力の物語に終わりはない。次の一章を書くのは、きっとあなたである。

【エネルギーの世界史 ― 火から核融合まで・完】

この記事は役に立ちましたか?

この物語が面白かったら——

X LINE

参考ソース・元動画

このシリーズはここで完結です。

他のシリーズも読んでみてください。

他の物語を探す →

全話読破、おつかれさまでした!次はどんな物語が読みたいですか?

あなたの一票が、次の連載テーマになります。

その他・自由に書く →