脱炭素という大転換 ― 気候が動かしたエネルギー革命
地球が温まっているという科学が、ついにエネルギーの選び方を変えはじめた。京都議定書からパリ協定へ、カーボンニュートラルへ。人類は化石燃料という三百年の主役からの卒業を試みている。その理想と、現実の難しさを、中立に見つめる第9話。
2026年6月14日
前回、私たちは風と光のエネルギーが、夢物語からコストの合う現実の選択肢へと育っていく様子を見た。技術が安くなり、各国が政策で後押しし、再生可能エネルギーは電力の片隅から中心へと歩みを進めはじめた。
けれど、そのうねりを世界規模で押し進めた力は、技術や経済だけではなかった。もう一つの、地球そのものから突きつけられた課題があったのだ。気候変動――大気にたまり続ける温室効果ガスが、地球を温めているという問題だった。この章では、その科学がどのようにエネルギーの選び方を変え、人類が化石燃料という三百年の主役からの卒業を試みるに至ったのかを、その理想と難しさの両面から見ていく。
地球が温まっている ― 科学が示したこと
石炭から始まり、石油、天然ガスへと広がった化石燃料の燃焼は、私たちに莫大な動力をもたらした。けれども、それは同時に大量の二酸化炭素を大気へ送り出す営みでもあった。この気体が地表からの熱を逃がしにくくし、地球の平均気温を押し上げる――いわゆる温室効果が、二十世紀の後半から本格的に問われるようになる。
各国の科学者が集う「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、観測と研究を重ねて評価をまとめてきた。二〇二一年に公表された第六次評価報告書は、人間の影響が大気・海洋・陸地を温暖化させてきたことには疑う余地がない、と踏み込んで述べたと報じられている。産業革命前と比べた人為的な気温上昇は、二〇一〇年代でおよそ一・一度とされた。わずかな数字に見えるが、地球全体の平均としては大きな変化である。
熱波や豪雨、海面の上昇といった現象が各地で報じられるなかで、エネルギーをどうつくり、どう使うかは、もはや経済の問題にとどまらなくなった。それは、これからの地球の姿に関わる問いへと変わっていったのだ。
京都からパリへ ― 世界が約束を交わすまで
気候という地球規模の課題には、一国だけの努力では立ち向かえない。そこで、国境を越えた取り決めが模索されていく。
その最初の大きな一歩が、一九九七年に京都で開かれた会議で採択された「京都議定書」だった。二酸化炭素やメタンなど複数の温室効果ガスについて、先進国が数値目標を掲げて削減に取り組むことを定めた、初めての国際的な約束である。ただし、削減義務を負うのは主に先進国に限られ、急速に排出を増やしつつあった新興国は対象外だった。この枠組みの限界が、やがて見直しを求める声につながっていく。
- 1988年
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が設立され、科学的評価の積み重ねが始まる。
- 1997年
京都議定書が採択。先進国に温室効果ガスの数値削減目標が課される。
- 2015年
パリ協定が合意。先進国と途上国がともに参加し、世界の気温上昇を抑える共通目標を掲げる。
- 2021年
IPCC第六次評価報告書が、人間の影響による温暖化に疑う余地はないと表現したと報じられる。
- 2023年
COP28が、化石燃料からの脱却を初めて成果文書に明記したと報じられる。
そして二〇一五年、パリで開かれた会議で「パリ協定」が合意される。これは京都議定書を引き継ぎつつ、大きく性格を変えたものだった。先進国だけでなく途上国も含めたほぼすべての国が参加し、世界の平均気温の上昇を産業革命前から二度を十分に下回る水準に、できれば一・五度に抑えることを共通の目標として掲げたのだ。各国が自ら削減目標を定めて持ち寄る方式がとられ、強制よりも各国の主体性に重きが置かれた。実効性をめぐる議論はありながらも、世界が同じ方向を向こうとした点で、画期となる合意だったとされている。
カーボンニュートラルという目標 ― 理想と現実のあいだ
パリ協定を境に、各国や企業のあいだで一つの言葉が広く語られるようになる。「カーボンニュートラル」――温室効果ガスの排出量から、森林などによる吸収量を差し引いて、実質的にゼロにするという考え方である。多くの国が、二〇五〇年ごろを目標に掲げた。
この目標は、エネルギーのあり方に根本的な転換を迫る。発電を化石燃料から再生可能エネルギーや原子力へ移し、自動車をガソリン車から電気自動車(EV)へ替え、産業や暮らしのさまざまな場面で「電化」を進める。欧州や中国などでは、ガソリン車の新車販売を二〇三〇年代に停止する方針が相次いで示されたと報じられている。化石燃料に頼ってきた社会の仕組みそのものを、つくり替えようという壮大な試みだった。
二〇二三年に開かれたCOP28では、化石燃料からの脱却を成果文書に初めて明記したと報じられた。その一方で、表現をめぐっては「段階的廃止」か「段階的削減」かで激しい交渉が交わされたとも伝えられている。世界が脱炭素という方向では一致しながらも、その歩幅や道筋では一枚岩ではない――そんな現実が、この交渉ににじんでいた。
三百年の主役からの卒業 ― 大転換の意味
石炭が産業革命を回し、石油が二十世紀の文明を駆動させて以来、化石燃料はおよそ三百年にわたって人類の主役であり続けた。脱炭素とは、その主役からの卒業を試みる営みにほかならない。これは、エネルギーの歴史において、火の利用や電気の発見に並ぶほどの大きな転回だと言えるだろう。
ただし、過去の転換が「より便利で、より強力な力」を求めて進んだのに対し、この転換は少し性格が異なる。化石燃料は今なお安く、扱いやすく、強力である。それをあえて手放そうとするのは、便利さのためではなく、地球の未来という、すぐには見えにくい価値のためなのだ。だからこそ、短期の負担と長期の利益をどう天秤にかけるかという、難しい判断を社会に求める。
光の側面を見れば、再生可能エネルギーの普及は新たな産業と雇用を生み、エネルギーを輸入に頼ってきた国に自給への道を開きつつある。影の側面を見れば、急な転換は電力価格の上昇や供給の不安定を招きかねず、立場の弱い人々や産業に負担が偏る恐れも指摘されている。どちらか一方だけを見れば、判断を誤る――この連載が繰り返し見てきた、エネルギーの光と影が、ここでもまた表れている。
人類は今、自らの繁栄を支えてきた力を、自らの意思で乗り換えようとしている。それは前例のない挑戦であり、まだ道半ばである。化石燃料からの卒業がどんな形で実を結ぶのか、あるいはどんな困難に直面するのか。その答えは、これから世界が積み重ねていく無数の選択の先にある。そして、その先にはもう一つの問いが待っている。化石燃料の次に、人類はいったいどんな力で、次の文明を動かしていくのだろうか。
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