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2026、そしてその先 — 拡大するW杯と国家の未来

2026年、ワールドカップは史上初の3カ国共催・48チームへと膨張する。北米の桁外れの商業力、ふくれあがる試合数、そして地政学。1930年のウルグアイから現代まで、国家とカネと政治が織りなした覇権史の到達点を見届け、この鏡が映してきたものを問い直す最終話。

2026年6月11日

1930年、独立100年を祝うウルグアイのスタジアムから始まった私たちの長い旅は、ついに現代——いま、この瞬間にたどり着いた。本稿が世に出る2026年6月、ワールドカップはまさに、これまでのどの大会とも姿の異なる祭典として幕を開けようとしている。3つの国にまたがり、48の代表が集い、100を超える試合が39日間にわたって繰り広げられる。砂漠の小国から、北米という超大陸へ。舞台は、規模そのものを別次元へと押し上げた。

史上初の「3カ国共催」と48チーム

2026年大会は、いくつもの「史上初」を背負っている。

まず、開催国がアメリカ・カナダ・メキシコの3カ国にまたがること。単独開催が原則だったワールドカップが、初めて国境を3つ越えて開かれる。さらに出場国は、長く続いた32から一気に48チームへと拡大した。試合数は64から104へとふくれあがり、16の開催都市に観客が押し寄せる。出場枠が増えたことで、カーボベルデやヨルダンなど、初めて本大会の土を踏む国々も現れた。

この膨張を主導したのは、前話までで見てきたFIFAという組織だった。出場国を増やせば、参加できる国が増え、放映権もスポンサー収入も、入場料も拡大する。「より多くの国に夢を」という大義と、「より多くのカネを」という現実が、48という数字の中で分かちがたく結びついている。

北米という、桁外れの商業マシン

なぜ、北米だったのか。答えのひとつは、この地が持つ圧倒的な「商業力」にある。

巨大スタジアム、成熟したスポーツビジネスのインフラ、世界最大級の広告・放送市場。アメリカという国は、スポーツを「興行」として極限まで磨き上げてきた土地である。サッカーが長らく「四大スポーツ」の陰に隠れてきたこの国でさえ、ひとたびワールドカップが来れば、その商業マシンは桁外れの収益を生み出す。FIFAにとって北米開催は、収入を最大化するうえで、これ以上ない選択だった。

商業化の道は、第6話で見たアヴェランジェとアディダスの時代に敷かれ、第4話のテレビ革命で加速した。その延長線上に、北米2026がある。1970年メキシコの衛星カラー中継に世界が沸いた日から半世紀あまり——ワールドカップは、地球規模の「動くビジネス」として、完成形に近づいたのである。

地政学の鏡として

  1. 1930

    ウルグアイで第1回大会。国家とサッカーが結びつく原点(第1話)。

  2. 1970

    メキシコ大会の衛星カラー中継。W杯が世界商品となる(第4話)。

  3. 1974–

    アヴェランジェ就任、商業化路線が始動。FIFAが巨大権力へ(第6話)。

  4. 2015

    FIFA汚職事件。腐敗の構造が世界にさらされる(第8話)。

  5. 2022

    カタール大会。オイルマネーと冬開催、湾岸の台頭(第9話)。

  6. 2026

    米・加・墨3カ国共催、48チームへ拡大。北米の商業力が頂点に。

  7. 2034

    サウジアラビアでの開催が決定済み。資源大国の祭典が続く。

そして、ワールドカップはいつの時代も、その時々の世界の力学を映し出してきた。

2026年大会が3カ国共催であること自体が、北米の政治の縮図でもある。国境、移動、ビザ、安全保障——3つの国にまたがる大会は、国家間の関係そのものを試す舞台にもなる。一方で、その次、2034年の開催はすでにサウジアラビアに決まっている。北米の商業力と、湾岸の資源マネー。この二つの極のあいだを、ワールドカップという巨大な祭典が振り子のように行き来している。

第9話で見た「砂漠の大会」と、本話の「北米の大会」。一見、正反対のこの二つは、実は同じことを語っている。世界で最も力を持つ者——カネを持つ者、市場を握る者、資源を握る者——のもとへ、サッカーは引き寄せられていく、ということだ。それは喜ばしいことばかりではないが、目を背けても消えはしない、現代の現実である。

鏡に映る、私たちの時代

1930年のモンテビデオから、2026年の北米まで。この連載で私たちがたどってきたのは、ボールを蹴る技術の歴史ではなかった。それは、国家がサッカーに何を託し、カネがサッカーをどう変え、政治がサッカーをどう利用してきたか——人間の欲望と威信の、96年にわたる壮大なドラマだった。

独裁者の宣伝に使われ、敗戦国の復興を支え、軍事政権の祝祭となり、巨大資本を呼び込み、腐敗にまみれ、それでも世界中の人々を熱狂させ続けてきた。ワールドカップは、人類が生み出した最も矛盾に満ちた発明のひとつかもしれない。汚れと輝きが、これほど分かちがたく同居する舞台は、ほかにそうない。

次にあなたがテレビの前で代表チームに声援を送るとき、あるいはニュースで「招致」「放映権」「人権」「開催国」という言葉に出会うとき——その背後に、この96年の物語が静かに横たわっていることを、思い出してほしい。今日のキックオフは、決して突然始まったものではない。ウルグアイの誇り、ベルンの奇跡、マラドーナの神の手、FIFAの腐敗、砂漠のオイルマネー——そのすべての続きとして、いまのワールドカップがある。

鏡は、これからも時代を映し続ける。そして、その鏡を読み解く目を、あなたはもう手にしている。


【ワールドカップ 覇権の世界史・完】

1930年ウルグアイの熱狂から、2026年北米の膨張まで。国家とカネと政治が交差する長い長い旅に、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうござった。次にワールドカップの試合を観るとき、この物語が、あなたにとってのサッカーの見え方を、ほんの少しだけ深くしてくれたら——書き手として、これ以上の喜びはない。

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