砂漠のオイルマネー — カタール2022
人口わずか300万に満たない砂漠の小国が、史上初の冬開催ワールドカップを開いた。だがそこへ至る道は、2002年の日韓共催(アジア初)、2010年の南アフリカ(アフリカ初)と続く、開催地が伝統的な欧州・南米の外へ広がっていく流れの到達点でもあった。地理的拡大、オイルマネー、スポーツウォッシングが交差する大会を、グローバル化の物語として読み解く。
2026年6月11日
2010年12月2日、チューリッヒのFIFA本部。封筒が開かれ、一枚のカードが掲げられる。そこに書かれていた国名に、会場はどよめいた——「QATAR」。人口300万にも満たず、夏には気温が50度近くまで上がり、それまでワールドカップ本大会に一度も出場したことのない砂漠の小国。その国が、サッカーという地球最大の祭典の開催権を勝ち取ったのである。前話で見たFIFAの腐敗構造は、この瞬間、ひとつの頂点に達しようとしていた。
だが、カタールという結末だけを見ていると、ひとつの大きな流れを見落とす。ワールドカップは20世紀末から、欧州と南米という「伝統的な開催地」の外へと、その舞台を意図的に広げてきた。砂漠の小国の戴冠は、突然変異ではない。それは、地球を一周しようとする祭典の、必然の到達点だった。
欧州と南米の外へ——アジア、そしてアフリカ
カタールへ至る道の起点を、ひとつ挙げるなら、2002年だろう。
この年、ワールドカップは初めてアジアで開かれた。南北アメリカでも欧州でもない大陸での開催は、大会史上はじめてのこと。しかもそれは、日本と韓国という2つの国による共同開催だった。2か国が祭典を分け合う形式は、ワールドカップ史上いまも唯一の例である。もともと日本と韓国は別々に招致を争っていたが、激しい綱引きの末、FIFAは前例のない「共催」という妥協案を選んだと報じられている。両国は「開催なし」か「分け合う開催」かを迫られ、しぶしぶ共催を受け入れた、とも伝えられる。
大会は2002年5月31日から6月30日まで、両国に分かれた会場で行われた。新設・改修されたスタジアム、整備された交通網、そして街を埋め尽くす熱狂——韓国は地元の声援を背にベスト4へと駆け上がり、日本も初の決勝トーナメント進出を果たした。優勝は、ドイツを下して史上初の5度目の戴冠を遂げたブラジル。アジアの熱気のなかで、サッカーは欧州・南米だけの文化ではないことを、世界に強く印象づけた。
アジアの次に、ワールドカップは黒い大陸へと向かった。2010年、大会は初めてアフリカ大陸で開催される。南アフリカは、モロッコやエジプトとのアフリカ域内の招致争いを制したと伝えられている。アパルトヘイトを乗り越えた国が世界最大のスポーツイベントを引き受ける——その象徴的な意味は大きかった。優勝こそスペインがさらっていったが、ワールドカップが「どの大陸でも開ける祭典」であることが、ここで決定的になった。
アジア(2002)、アフリカ(2010)。残された大きな空白は、ひとつ——中東だった。
なぜ、砂漠の小国だったのか
その空白を埋める一手として、カタールが切ったカードは、シンプルだった。カネである。
ペルシャ湾に突き出た半島国家カタールは、世界有数の天然ガス埋蔵量を誇る。その富は一国の規模をはるかに超え、政府系ファンドを通じて欧州の名門クラブやサッカー関連事業へと流れ込んでいた。スタジアムも、空港も、地下鉄も、ホテル群も——大会のために必要なものをすべて、ゼロから「買って」建てられる。総投資額は、過去のどの大会とも比較にならない規模に膨らんだとされる。
だが、その招致のプロセスには、当初から疑惑がつきまとった。投票の前後で金銭や便宜が動いたのではないか、という指摘である。後年、招致をめぐる不正の追及はFIFA全体の汚職捜査(前話のFIFAgate)と地続きで進み、関係者の処分や捜査が各国で続いた。カタール側は一貫して不正を否定しているが、「なぜ、よりによってこの国が」という問いは、開幕の日まで消えることがなかった。
ボールよりも、まず労働者がいた
豪奢なスタジアム群は、しかし、ひとりでに建ったわけではない。
灼熱の建設現場で働いたのは、その多くがインド、ネパール、バングラデシュなど南アジアから来た移民労働者だった。彼らの労働環境をめぐっては、開催が決まった2010年以降、国際人権団体が繰り返し警鐘を鳴らし続けた。雇用主が労働者の移動や転職を強く縛る「カファラ制度」、長時間の過酷な労働、賃金の未払い、渡航費の借金に縛られる構造——ヒューマン・ライツ・ウォッチやアムネスティ・インターナショナルは、こうした人権侵害を詳細に報告してきた。
労働者の死者数についても深刻な報道があった。英ガーディアン紙は2021年、招致決定後の約10年間にカタールへ渡った南アジア出身者のうち、6,500人以上が死亡したと報じている(ただしこの数字は大会関連工事の死者に限定されたものではなく、解釈をめぐっては議論がある)。数字の厳密な帰属には慎重を要するが、おびただしい人々が、自らは観ることのない祭典の舞台を建てるために命を落とした——その事実の重さは揺らがない。世界が美しい芝を見つめていたとき、その芝を支える土を掘った人々の物語は、ほとんど語られなかった。
真冬に開かれた、夏の祭典
この大会には、もうひとつ前例のない異変があった。開催が真冬だったことである。
ワールドカップは伝統的に、北半球の夏——6月から7月にかけて開かれてきた。日韓2002も南アフリカ2010も、その慣行のなかにあった。だが、カタールの夏は人間がプレーするにはあまりに過酷だった。そこでFIFAは前例を覆し、大会を11月20日から12月18日へとずらす。欧州の主要リーグはシーズンの真っ只中で中断を強いられ、世界のサッカーカレンダーそのものが、たった一国の気候に合わせて書き換えられたのである。
- 2002
日韓共催。ワールドカップ史上初のアジア開催、かつ唯一の2か国共同開催。アジアという新市場へ。
- 2010
南アフリカ。初めてアフリカ大陸で開催。地理的拡大の扉がさらに開く。
- 2010.12
FIFA理事会の投票でカタールが2022年大会の開催地に決定。中東へ——だが世界に衝撃が走る。
- 2010s
スタジアム・インフラ建設が本格化。移民労働者の人権問題が国際的に追及され続ける。
- 2022.11–12
史上初の冬開催ワールドカップが11月20日〜12月18日に開かれる。中東・アラブ世界で初。
- 2024.12
FIFAが2034年大会の開催国にサウジアラビアを単独候補のまま正式決定。湾岸の存在感が決定的に。
「一国の都合で世界の慣行を書き換えられる」——それを成立させたのも、やはりカネと、それを動かす政治力だった。サッカーという競技が、もはや欧州や南米のものだけではなく、巨大な資本の前ではどのようにも形を変えうるものになったこと。冬開催は、その象徴的な出来事だった。
スポーツウォッシングという言葉
カタール2022をめぐって、ある言葉が世界中のメディアにあふれた。スポーツウォッシングである。
連載第5話、軍事政権下のアルゼンチン1978で、私たちはその「原型」を見た。華やかな祝祭で、その国の暗部から世界の目をそらす——その手法が、半世紀を経て、桁違いの資金力とともに洗練されて戻ってきたのだ、という批判である。きらびやかな開会式、最新鋭のスタジアム、世界中継に映る笑顔。その輝きが、人権をめぐる問いを覆い隠してはいないか、と。
もっとも、開催国の側にはまったく別の物語があった。彼らにとってワールドカップは、石油やガスがいつか尽きる未来を見据え、国家を「資源以外の何か」で世界の地図に刻みつけるための、国家戦略そのものだった。アラブ世界で初めて開かれたこの大会を、地域の威信をかけた歴史的快挙と受け止める声も、現地には確かにあった。2002年のアジア、2010年のアフリカと同じように、「初めて自分たちの土地で」開く祭典には、その地域なりの誇りが宿っていたのである。
湾岸の時代の幕開け
カタール2022は、ひとつの孤立した「異例の大会」ではなかった。それは、アジア、アフリカと続いてきた地理的拡大の延長線上にあり、同時に、より大きな地殻変動の入口でもあった。
ピッチの上では、アルゼンチンが激闘の末に頂点に立ち、ひとりのスター選手が長年追い求めた栄冠をついに手にする——競技そのものは、忘れがたい物語を残した。だが舞台の外では、湾岸の資金がサッカー界の隅々まで浸透していた。欧州の名門クラブ、移籍市場、放映権、そしてスポンサー。カネの流れる先を握る者が、競技の未来を握る。その構図が、誰の目にも明らかになった。
そして決定打が訪れる。2024年12月、FIFAは2034年大会の開催国に、単独候補となったサウジアラビアを正式に決定した。カタールに続き、湾岸のもう一つの巨大産油国が、世界最大のスポーツイベントを掌中に収めたのである。スポーツウォッシングをめぐる懸念は再び噴き出したが、流れはもう止まらなかった。
第1話で見たように、ワールドカップは生まれたときから「国家の威信」を映す鏡だった。アジアへ、アフリカへ、そして中東へ——舞台を広げながら、その鏡が、いま砂漠の上で映し出していたのは、資源で得た富を、世界での威信へと両替しようとする、湾岸諸国の野心そのものだった。
砂漠の祭典が幕を閉じると、世界はもう、次の舞台へと目を向け始めていた。北米——アメリカ、カナダ、メキシコ。日韓に続く2例目の複数国開催、そしてこれまでとは比較にならない規模へと膨張していくワールドカップは、いったいどこへ向かおうとしているのか。物語は、ついに私たちが生きる「いま」へとたどり着く。
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