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信用の爆発 — クレジットと電子のマネー

金の裏付けを失ったお金は、爆発的に膨らんでいく。一枚のカードが「後払い」を日常に変え、銀行は貸し出しによって預金そのものを生み出す。お金は紙から数字へと姿を変え、世界をめぐる巨大な流れとなった。その膨張の果てに、バブルが待っていた。

2026年6月12日

前回、お金は金属の裏付けから完全に切り離された。金の量に縛られない、純粋な信用の貨幣――その誕生は、お金が爆発的に膨らんでいく時代の幕開けでもあった。

20世紀後半から現代にかけて、お金はかつてない速さと規模で増殖していく。手のひらに収まる一枚のカードが「後払い」を当たり前に変え、銀行は貸し出しを通じてお金そのものを生み出し、その流れは国境を越えて地球をめぐるようになった。そしてお金は、紙や金属というモノであることをやめ、コンピューターの中の数字へと姿を変えていく。本話で見るのは、信用がどこまでも膨らんでいく時代の光と影である。

カードという発明 ― お金を持たずに買う

物語は、1950年のニューヨークから始まる。実業家のフランク・マクナマラが、レストランで食事を終えたとき、財布を忘れてきたことに気づいた――この逸話をきっかけに生まれたとされるのが、ダイナースクラブのカードだった。マクナマラと弁護士のラルフ・シュナイダーが設立したこの仕組みは、会員が複数の店で「ツケ」で支払い、後でまとめて精算できるというものだった。

それまで、商店の「ツケ払い」はその店だけのものだった。ダイナースクラブの新しさは、一枚のカードが多くの店で通用する点にある。これが、現代のクレジットカードの先駆けとされている。

1950年代の終わりには、銀行が発行するカードも登場する。バンク・オブ・アメリカが発行したバンクアメリカードがその代表で、これがのちに国際ブランドのVISAへと発展していった。カードは瞬く間に広がる。お金を持ち歩かずに買い物ができ、しかも支払いを先送りできる――この便利さは、人々の消費のかたちを大きく変えていった。

銀行がお金を生む ― 信用創造のからくり

カードと並んで、お金を膨らませたもう一つの大きな力がある。銀行による「信用創造」である。これは、お金の歴史の中でも最も理解されにくく、しかし最も重要な仕組みの一つである。

私たちはふつう、銀行は預かったお金を又貸ししているだけだと考えがちである。しかし実際には、銀行は貸し出しを行うとき、新しい預金そのものを生み出している。たとえば銀行が誰かに融資をするとき、その人の口座に金額を記帳する。この記帳された預金は、現金として運ばれてきたものではなく、その場で新たに作られたお金である。こうして社会全体に出回るお金(マネーサプライ)は、最初の元手の何倍にも膨らんでいく。これが信用創造と呼ばれる現象である。

帳簿に数字を書き込むだけでお金が生まれることから、かつてこれは「万年筆マネー」とも呼ばれた。いまではコンピューターに数字を打ち込むだけなので、「キーストロークマネー」という言い方もされる。なお、この仕組みをどう説明するかについては経済学のなかでも見方が分かれており、貸し出しが先か預金が先かといった点で諸説あるとされる。

  1. 1950

    ダイナースクラブ誕生。多店舗で使える後払いカードの先駆け。

  2. 1958

    バンクアメリカード登場。のちの国際ブランドVISAへ発展。

  3. 1971

    金との切り離し以降、信用によるお金の膨張が加速する。

  4. 1985

    プラザ合意。円高と金融緩和が日本のバブルの遠因となる。

  5. 1987

    ブラックマンデー。世界の株式市場が連鎖的に急落。

  6. 1989

    日経平均が史上最高値圏へ。日本のバブルが頂点に近づく。

ここで思い起こしたいのは、金の裏付けが消えたという前話の出来事である。お金が金の量に縛られていたあいだは、信用創造にも自ずと限界があった。しかし金の鎖が外れたいま、お金が増える上限は、突き詰めれば人々の信用と各国の判断にゆだねられる。クレジットと信用創造という二つの仕組みが、その箍の外れた器の中で、お金をかつてない規模へと押し上げていったのだ。

数字になったお金 ― グローバル化と電子化

20世紀の終わりに向けて、お金はさらに二つの大きな変化を遂げる。一つは「グローバル化」、もう一つは「電子化」である。

1980年代、世界の主要国は金融の規制を次々と緩めていった。金利の自由化や資本移動の自由化が進み、お金は国境をたやすく越えるようになる。ロンドンの金融市場改革は「ビッグバン」と呼ばれ、世界の資金が一つの巨大な市場へとつながっていった。同時に、コンピューターと通信技術の発達により、お金は物理的な紙幣や硬貨である必要がなくなる。銀行の口座にある「お金」とは、いまやコンピューターに記録された数字にほかならない。送金とは、その数字を書き換えることなのだ。

お金が数字になったことで、その移動は光の速さになった。瞬時に巨額の資金が世界をめぐり、新しい金融商品――将来の価格変動などに賭けるデリバティブと呼ばれる仕組みなど――が次々と生まれる。お金は実体経済から離れ、お金がお金を生む金融の世界が、独自に膨張していった。

膨らみすぎた信用 ― バブルという宿命

信用が爆発的に膨らむ時代には、宿命のように「バブル」が訪れる。お金が増えすぎ、その行き場を求めて株式や土地に流れ込み、価格が本来の価値からかけ離れて高騰する現象である。

その典型が、1980年代後半の日本だった。1985年のプラザ合意を受けて急速な円高が進むと、その影響を和らげるために金融が大きく緩められ、世界には大量のお金があふれる。その資金が株式と不動産に流れ込み、日経平均株価は1989年末にかけて史上最高値圏へと駆け上がった。途中、1987年10月のブラックマンデーで世界の株式市場が一斉に急落する場面もありましたが、日本の熱狂はその後さらに過熱していく。東京の地価でアメリカ全土が買えるとまで言われた、その熱の正体は、膨らみすぎた信用そのものだった。

しかし、膨らんだものはいつか縮む。1990年代に入ると日本のバブルは崩壊し、株価と地価は急落して、長い停滞の時代が訪れた。お金が信用の上に立っている以上、その信用が過剰になれば膨張し、不安が広がれば一気にしぼむ――。金の裏付けを失ったお金は、人々の心理という不安定な土台の上で、膨張と収縮を繰り返す存在になったのだ。

紙から数字へ、そして世界を駆けめぐる流れへ。お金は信用の力で、かつてない高みにまで膨れ上がった。けれども、その膨張は同時に、お金への根本的な問いを育ててもった。中央銀行が刷り、銀行が貸し出しで生み出し、価格が心理で乱高下する――このお金は、本当に信頼に値するのか。膨らみすぎた信用への不信が静かに広がるなか、2008年、お金そのものを疑う者が現れるのだ。

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