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「自分たちのサッカー」が砕けた夏 — 2014

ザッケローニ率いる日本は、過去最高の期待とともにブラジルへ乗り込んだ。合言葉は「自分たちのサッカー」。だが蓋を開ければ、1分2敗のグループリーグ敗退。理想を貫こうとしたチームが世界の現実に飲み込まれた、ほろ苦い大会。期待と挫折の物語。

2026年6月26日

2014年、ワールドカップはサッカー王国ブラジルで開かれた。この大会に臨む日本代表は、歴代でも特に高い期待を背負っていた。イタリア人の名将アルベルト・ザッケローニが四年をかけてチームを育て、本田圭佑、香川真司、長友佑都、岡崎慎司といった欧州主要リーグで活躍する選手たちが顔をそろえていた。

  1. 2010年

    ザッケローニが日本代表監督に就任。攻撃的なポゼッションサッカーを志向。

  2. 2011年

    アジアカップ優勝。ザックジャパンが大きな期待を集める。

  3. 2014年6月

    ブラジル大会。コートジボワール・ギリシャ・コロンビアと同組で1分2敗。

「自分たちのサッカー」という旗印

ザッケローニの日本は、ボールを保持し、攻撃的に主導権を握ることを目指した。2010年の堅守速攻からの揺り戻しでもあり、「攻めて勝つ」日本への回帰だった。2011年にはアジアカップを制し、その後も強豪国と互角に渡り合う試合を見せ、期待は年々ふくらんでいった。

選手たちが繰り返し口にしたのが、「自分たちのサッカー」という言葉だった。相手に合わせるのではなく、自分たちの形を貫いて勝つ——。そこには確かな自負があった。だが、この旗印は同時に、「相手を見ない」という危うさと紙一重でもあった。世界の舞台では、相手もまた全力で日本を研究し、対策を用意してくる。理想を貫く強さと、状況に応じて変える柔軟さ。そのバランスが、ブラジルで問われることになる。

初戦コートジボワール、悪夢の逆転

グループCの初戦、コートジボワール戦。日本は前半16分、本田圭佑が左足で豪快に先制ゴールを決め、最高の入りを見せた。スタンドの日本サポーターは沸き立ち、勝利の予感が広がった。

だが後半、コートジボワールが強力なドログバを投入すると、流れは一気に傾く。後半64分にボニ、その2分後にジェルビーニョと、立て続けに失点。リードはわずかな時間で逆転され、日本は1対2で初戦を落とした。短時間の連続失点で崩れる——2006年ドイツ大会と重なるような展開に、嫌な記憶がよぎった。

第2戦のギリシャ戦は、相手が早い時間に退場者を出し、数的優位に立ちながらの戦いとなった。それでも日本は守りを固める相手をこじ開けられず、0対0のドロー。勝ち点1は得たが、突破には最終戦での勝利が絶対条件となった。

コロンビアの壁、そして敗退

運命の最終戦、相手は南米の強豪コロンビア。突破には勝利が必要な日本は前がかりに攻めたが、前半に先制を許す。それでも前半終了間際、岡崎慎司の執念のヘディングで同点に追いつき、一縷の望みをつないだ。

しかし後半、コロンビアが本来の力を見せつける。スター選手ハメス・ロドリゲスらを中心に攻撃を加速させ、日本は再び勝ち越しを許すと、終盤にも失点を重ねた。1対4。日本は完敗を喫し、1分2敗、勝ち点1のグループ最下位で大会を去った。過去最高の前評判は、最も厳しい結果に終わったのである。

信じることと、見極めること

ブラジル大会の敗退は、日本サッカーに重い宿題を残した。タレントは確かにそろっていた。ならば足りなかったのは何か。多くの人がたどり着いた答えのひとつが、「自分たちのサッカー」と「相手を見るサッカー」の両立だった。理想を持つことは強さだが、それに固執すれば脆さになる。

この苦い経験は、その後の日本代表に「現実を直視する」という視点をもたらしていく。世界で勝つには、自分たちの形を磨きながら、同時に相手を冷静に分析し、勝つために必要なことをやり切る——。ブラジルで砕けた夢は、次の四年でより成熟した戦い方へと姿を変える。物語は2018年、ロシアへと続く。

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