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安全資産という王座 — 現代の金

金兌換が止まり、価格が自由に動きはじめた金は、危機のたびに買われる安全資産としての地位を固めていく。中央銀行の金準備、金ETFという新しい投資、そして南アフリカに象徴される採掘の影。現代における金の役割を、冷静にたどる。

2026年6月13日

前話で、金とドルを結びつけていた最後の鎖が切れた。1971年、アメリカがドルと金の兌換を停止し、金1オンスを35ドルに固定する仕組みは終わりを迎える。価格を縛られていた金は、市場のなかで自由に値を動かしはじめた。

それは、金が通貨の裏づけという役目から解き放たれた瞬間でもあった。もう金は、紙幣の価値を保証する錨ではない。では、役割を失った金は、ただの貴金属へと静かに退場していったのだろうか。むしろ反対だった。価格の枷を外された金は、世界が揺れるたびに買われる「安全資産」として、新しい王座にのぼっていく。第9話では、現代における金の姿を、投資・国家・採掘という三つの面からたどる。

危機のたびに、金が輝く

固定相場の時代が終わると、金の価格は需要と供給、そして人々の不安を映して大きく揺れるようになった。そして繰り返し確かめられたのは、世界が不安定になるほど金が買われる、という傾向である。

戦争や金融危機、急なインフレ。こうした局面で株式や債券、通貨の価値が揺らぐと、投資家は値下がりしにくいと考えられる資産に資金を移そうとする。その受け皿として選ばれてきたのが金だった。どこかの国の信用に頼るのではなく、それ自体が世界中で価値を認められ、錆びず、量に限りがある。金が持つこうした性質が、危機のときに改めて見直されるのだ。

近年もこの傾向は続いている。地政学的な緊張やインフレへの警戒、各国の通貨政策をめぐる不確実性などを背景に、金の価格はたびたび過去最高値を更新したと報じられた。安全資産として金が選ばれる構図は、半世紀前と変わっていないようにみえる。

中央銀行が、ふたたび金を積み増す

金兌換が終わったあと、金はもう通貨制度の中心ではなくなった。それでも、各国の中央銀行は金を手放しなかった。むしろ近年は、世界全体で見ると中央銀行が金準備を積み増す動きが続いていると報告されている。

世界の金需要を調べる民間団体ワールド・ゴールド・カウンシルによれば、世界の中央銀行による金の純購入量は、2022年から2024年にかけて、それぞれ年間1,000トンを超える高い水準が続いたとされる。これは過去数十年で例のない規模だと伝えられた。とりわけ新興国の中央銀行が買いの中心になった、という指摘もある。

なぜ、利息を生まない金をわざわざ抱えるのだろうか。一つには、外貨準備を特定の国の通貨だけに頼るリスクを減らしたい、という分散の発想がある。とくに基軸通貨への依存や、海外に置いた資産が凍結される可能性をめぐって、特定国の信用に左右されない金の価値が見直された、と論じられている。金は、どの国の約束にも縛られない「最後の準備」として、いまも国家の金庫に静かに積み上げられているのだ。

  1. 1971

    アメリカが金とドルの兌換を停止。金価格が自由に動きはじめる。

  2. 2003

    金の現物に連動する金ETFが上場し、投資の裾野が広がる。

  3. 2022

    世界の中央銀行による年間の金純購入量が、近年で例のない高水準に達したとされる。

  4. 2024

    地政学的緊張などを背景に、金価格がたびたび過去最高値を更新したと報じられる。

金ETFが、投資の裾野を広げる

現代の金をめぐる大きな変化の一つが、投資のかたちである。かつて金に投資するとは、金貨や金地金を買い、自宅や貸金庫に保管することを意味した。重く、盗難の心配もあり、売り買いにも手間がかかる。

その不便さを大きく変えたのが、金ETF(上場投資信託)である。これは、金の現物の値動きに連動するよう設計された金融商品で、証券取引所で株式と同じように売買できる。2000年代に入って各国で相次いで登場し、なかでも2003年前後に上場した商品が市場を広げる転機になったとされる。投資家は実際の金塊を持ち運ばなくても、金の価格変動に手軽に参加できるようになった。

これによって、機関投資家から個人まで、幅広い人々が金市場に加わるようになる。金は、王の宝物庫や国家の金庫だけのものではなく、画面上で売買される身近な投資対象にもなったのだ。一方で、こうした金融商品の広がりは、現物の裏づけや市場の透明性をめぐる議論も生んだ。金が金融の世界に深く組み込まれるほど、その値動きは世界経済そのものと響き合うようになっていく。

採掘の影 ― 南アフリカと、世界の金山

ここまでは金を「買う」側の物語だった。けれど現代の金には、それを地中から「掘り出す」側の重い現実がある。その象徴が、長く世界の金生産を支えてきた南アフリカである。

20世紀のあいだ、南アフリカは世界最大の金産出国として君臨した。ヨハネスブルグ周辺の鉱脈は深く、地下数キロメートルにおよぶ世界有数の深さの金鉱が開発されてきた。けれど採掘が進むほど鉱脈は深く、薄くなり、採算は厳しくなっていく。南アフリカの金生産は長期的に減少を続け、いまや世界の金生産の中心は、中国をはじめとする他の国々へと移ったとされる。

深い金鉱での採掘は、落盤や高温、地震といった危険と隣り合わせであり、過酷な労働の歴史も伴ってきた。さらに金の採掘は、各地で環境への負荷という影も落としている。とくに小規模・零細な採掘の現場では、金を取り出すために水銀が使われ、それが川や大気を汚し、人々の健康を脅かしているとされる。国際機関の報告では、こうした小規模採掘が世界の水銀汚染のかなりの部分を占めると指摘されている。きらびやかな金の輝きの裏には、土地と人をめぐる代償が積み重なっているのだ。

金市場という、世界をつなぐ仕組み

最後に、現代の金がどのように取引されているのかを見ておきよう。金には、株式のように一つの本社や国があるわけではない。それでも世界の金は、いくつかの市場と取引の慣行によって、ゆるやかに一つの価格へと束ねられている。

ロンドンは古くから金の現物取引の中心地として知られ、世界の取引の基準となる価格が日々まとめられてきた。これに加えて、ニューヨークなどの先物市場では、将来の受け渡しを約束する取引が活発に行われ、金価格の形成に大きな影響を与えている。これらの市場を通じて、危機や金利、通貨をめぐる世界中の思惑が、金の値段という一つの数字に集約されていくのだ。

こうして金は、装飾品であり、国家の準備であり、投資対象であり、産業の素材でもある、いくつもの顔を同時に持つ存在になった。固定された価格という鎖を解かれた金は、むしろ自由に動くことで、世界経済の不安を映す鏡として新しい王座にのぼったのだ。

それでも、金の物語はここで終わらない。安全資産としての金、投資対象としての金。その輝きの向こうに、わたしたちの手のなかの小さな機械にひそむ、もう一つの金の姿がある。だが金の物語は、装飾品や投資だけでは終わらないのだ。

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