黄金をつくる嘘 ― 錬金術と万能薬
卑しい金属を黄金に変えると約束した錬金術、あらゆる病を癒すと触れ込んだ万能薬。科学が生まれゆく時代に、その装いを借りて人々を惑わせた者たちがいた。学問と詐術が分かちがたく交じり合った、近世のだましの物語をたどる第2話。
2026年6月14日
前回、私たちは神や神託といった信仰の装いをまとっただましをたどった。けれど時代が進むと、人々の心を強くつかむ新しい権威が現れる。理屈と実験によって自然の謎を解き明かそうとする力——のちに科学と呼ばれるものだ。皮肉なことに、この新しい権威もまた、その装いを借りた者たちによって、だましの道具に使われていった。卑しい金属を黄金に変えると約束した錬金術、あらゆる病を癒すと触れ込んだ万能薬。学問と詐術がまだ分かちがたく交じり合っていた近世から近代にかけて、人々はくり返し、輝かしい嘘に心を奪われていったのだ。
- 8〜14世紀
アラビア語圏で錬金術が大きく発展し、卑金属を貴金属に変える賢者の石が探求されたと伝えられる。
- 12世紀頃
錬金術の文献がラテン語に翻訳され、ヨーロッパ各地の学者のあいだに広まったとされる。
- 18〜19世紀
欧米で、あらゆる病に効くとうたうパテント・メディスンと呼ばれる売薬が大流行したと報じられている。
- 1893年頃
米国の興行師クラーク・スタンレーが、蛇の油と称する塗り薬を各地で売り歩いたとされる。
- 1906年
米国で純正食品薬事法が成立し、成分表示と誇大な効能表示の規制が始まったとされる。
黄金への夢と、それにつけ込む者
卑しい金属を黄金に変え、不老不死をもたらす賢者の石をつくり出す——錬金術と呼ばれるこの探求は、長い歴史を持っている。アラビア語圏で大きく発展したのち、12世紀ごろにはその文献がヨーロッパに伝わり、各地の学者たちを夢中にさせた。今日の目から見れば実現不可能な試みであるが、当時はれっきとした学問の一分野とみなされ、王侯貴族のなかにも、錬金術師を抱えてその成果に期待をかける者が少なくなかった。
ここで注意したいのは、錬金術師のすべてが詐欺師だったわけではない、ということである。多くは真剣に自然の秘密を探ろうとした探究者であり、その試行錯誤の過程で硫酸や硝酸といった物質が見出され、のちの化学の礎が築かれていった。錬金術は、科学の前夜にあった真摯な知の営みでもあったのだ。
けれど、黄金をつくり出せるという評判は、それにつけ込む者を呼び寄せる。中世のヨーロッパでは、錬金術師といえば魔法使いの仲間か、さもなければペテン師だと見る人々も多かったと伝えられる。金を生み出せると称して資金を引き出し、王や富者から後ろ盾と援助を得ようとする——そうした者がいたことも、また事実だった。実現できない約束を、輝かしい言葉で語る。黄金という究極の欲望につけ込むこの構図は、のちの世のさまざまな投資詐欺の遠い祖先とも言える形を、すでに備えていたのだ。
あらゆる病を癒すという触れ込み
黄金への夢と並んで、人々の心を強くとらえてきたのが、健康への願いである。病や痛みから逃れたいという切実な望みは、いつの時代も、効きめをうたう薬への信頼を生んできた。そしてこの望みもまた、つけ込む者たちの格好の標的となる。
18世紀から19世紀にかけて、欧米ではパテント・メディスンと呼ばれる売薬が大流行した。これらの多くは、医師の処方も科学的な裏づけもないまま、頭痛から内臓の不調まで、あらゆる病に効くとうたって新聞の片隅や行商を通じて売られたものだった。なかには、アルコールやアヘンに由来する成分など、強い作用を持つものが含まれていた例もあったとされ、一時的に症状を和らげるように感じさせることで、効いたという評判を呼んだ面もあったと報じられている。
この時代、効能を確かめる公的な仕組みは整っていなかった。だからこそ、巧みな宣伝文句と、効いたように見えるわずかな手ごたえさえあれば、根拠のない薬でも広く売れてしまったのだ。健康という、誰もが切実に求めるものをめぐって、希望と不安につけ込むだましが、産業と呼べる規模にまで膨らんでいった。
蛇の油と、規制への歩み
この時代を象徴する言葉として、今も英語圏で「いんちきな万能薬」を意味する蛇の油という言い回しが残っている。その由来として語られるのが、19世紀の米国で各地を巡った興行師クラーク・スタンレーの逸話である。彼は自らを蛇使いの王と名乗り、蛇の油を原料とした塗り薬を、あらゆる痛みに効くとうたって人々の前で派手に売り込んだとされる。
ところが後年、その製品が調べられると、宣伝されていたような蛇の成分はほとんど含まれておらず、鉱物油や脂、唐辛子、テレビン油などを混ぜたものだったと報じられた。1906年に成立した純正食品薬事法を背景に、彼の製品は当局に差し押さえられ、わずかな額の罰金を科されたと伝えられている。罰そのものは軽いものでしたが、この一件は、根拠のない効能をうたう売薬に、社会が法の網をかけ始めた時代の節目として記憶された。
こうして近世から近代にかけて、人々は科学の装いをまとった嘘に、くり返し心を奪われてきた。黄金をつくるという約束も、あらゆる病を癒すという触れ込みも、突き詰めれば、富や健康への切実な願いにつけ込むものだった。けれど次に訪れるのは、ひとりの錬金術師やひとりの薬売りの嘘ではない。社会全体が、ひとつの夢に向かって熱に浮かされ、群衆そのものがだましの担い手にも被害者にもなっていく——そんな、国家を巻き込むほどの大きな熱狂の時代である。次回は、根拠なき高騰と崩壊をくり返してきた、バブルという名の罠をたどる。
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