アテンションの未来 — これからの広告
クッキーレス、インフルエンサー、リテールメディア、そしてAIが生み出す広告。希少になった人の注意をめぐって、広告は次の形を探している。百年の物語の終わりに、広告と信頼の関係がこれからどこへ向かうのかを、答えを急がずに見渡す最終章。
2026年6月12日
前回、私たちは精密になった広告が、監視への不安と、内側からの不正と、消費者の不信を同時に抱え込んでいく様子を見た。便利さと引き換えに、広告は信頼という大切なものを目減りさせてきた――そんな見方もできる時代だった。
この最終章では、その続きを見渡する。不信を抱えた広告は、いま何を頼りに次の形を探しているのか。データの集め方が変わり、メッセージの届け手が変わり、つくり方そのものが変わろうとしているなかで、広告と社会の関係はどこへ向かうのか。百年を超える物語の終わりに、私たちはあえて結論を急がず、いくつかの兆しを並べて、その先を一緒に想像してみたいと思う。
追跡なき時代へ — クッキーレスの行方
長いあいだ、ウェブ広告は利用者の足跡を追うことで成り立ってきた。その追跡を支えてきた仕組みの一つが、別のサイトをまたいで利用者を識別するクッキーだった。けれども、プライバシーへの関心が高まるなかで、この仕組みを見直す動きが強まった。
主要なブラウザがこうしたクッキーの扱いを制限し、業界では「クッキーレス」という言葉が広く語られるようになる。もっとも、その道のりは一直線ではなかった。たとえばグーグルは、自社ブラウザでこうしたクッキーを段階的に廃止する方針を示していたものの、実施は何度も延期され、その後、一律の廃止という当初の方針を見直し、利用者自身の選択に委ねる方向へと舵を切ったと報じられている。技術と利害が複雑に絡み合い、簡単には決着しないテーマであることがうかがえる。
追跡をゆるめれば、広告の精度は下がるかもしれない。けれど、見られているという感覚が薄れることで、利用者の納得は得やすくなるかもしれない。その損得をどう見積もるかが、これからの設計の分かれ目になりそうである。
人とお店が広告になる — インフルエンサーとリテールメディア
届け手の側でも、変化が起きている。一つは、インフルエンサーと呼ばれる個人の存在感である。
SNS上で多くの支持を集める個人が、企業に代わって商品を紹介する。その言葉は、企業の広告よりも身近で信じやすいものとして受け取られがちである。だからこそ強い影響力を持つ一方で、前章で見たように、広告であることが隠されたときには深い不信を招く。インフルエンサーを通じた宣伝は、親しみという力と、その親しみを裏切ったときの反動とを、同時に抱えている。
- 2010年代
SNSの普及で、インフルエンサーを通じた宣伝が広告の一手法として確立する。
- 2020年代前半
小売各社の購買データを使うリテールメディアが急成長し、新たな広告領域として注目される。
- 2024年
主要ブラウザのクッキー方針が二転三転し、クッキーレス時代の輪郭が議論される。
- 2020年代半ば
生成AIによる広告制作が広がり、効率と、著作権や信頼をめぐる課題が並行して論じられる。
もう一つの大きな潮流が、リテールメディアと呼ばれる領域である。これは、小売企業が自社の通販サイトや店舗で持つ購買データを活かし、自らが広告媒体になっていく動きを指する。「何を買ったか」という確かな記録に基づくため、広告主にとって価値が高いとされ、近年、市場は世界的にも国内でも大きく伸びていると報じられている。とりわけ巨大な通販事業者が広告収入を大きく伸ばしたことが、この流れを象徴している。商品を売る場所が、そのまま広告を売る場所になる――小売とメディアの境目が、静かに溶けはじめている。
つくり手が変わる — AIが生み出す広告
広告の「つくり方」も、いま大きく変わろうとしている。生成AIの登場である。
文章や画像、動画を、AIが短時間で大量に生み出せるようになったことで、広告制作の現場にもこの技術が急速に取り入れられている。これまで多くの時間と費用を要した制作が効率化され、一人ひとりに合わせて表現を細かく変えることも、技術的には視野に入ってきた。広告づくりの裾野が、これまでになく広がろうとしている。
つくることが容易になるほど、何のために・どんな姿勢でつくるのかが問われる。手を抜くための道具にするのか、人の創造性を広げる相棒にするのか。同じ技術でも、向き合い方によって行き着く先は大きく変わっていくのだろう。
アテンションをめぐる、終わらない問い
この章で見てきた変化は、ばらばらに見えて、一つの希少な資源をめぐっている。人の注意――アテンションである。
情報があふれ、誰もが小さな画面を一日中のぞき込む時代に、人が何かに向けられる注意の量には限りがある。その限られた注意を、いかに引きつけ、いかにつなぎとめるか。広告の歴史は、新聞の片隅から始まり、ブランド、ラジオとテレビ、マディソン街の創造性、巨大な持株会社、そして検索とデータへと、姿を変えながらこの一点を追い続けてきた。形は変われど、人の心を動かそうとする営みであることは、百年を貫いて変わっていない。
広告がこの先どこへ向かうのか、確かな答えを私たちはまだ持っていない。追跡のない広告が主流になるのか、AIがつくり手の中心になるのか、失われかけた信頼が取り戻されるのか――どれも、これから人々が下していく無数の選択の積み重ねの先にある。一つ言えるのは、広告は社会を映す鏡だということである。私たちが何に注意を向け、何を信じ、何を許すか。その姿が、広告の未来をかたちづくっていく。
新聞の小さな囲み記事から始まったこの物語を、ここまで読み進めてくださった読者のみなさんに、心から感謝する。欲望と創造、繁栄と操作、便利さと不信――その光と影を同時に見つめることが、広告という鏡に映る私たち自身を知ることにつながれば、これにまさる喜びはない。答えを急がず、これからも一緒に問い続けていきよう。
【広告の世紀 ― 広告代理店と欲望の歴史・完】
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