クロニカ クロニカ
← 世界を繋いだ線 ― インターネット誕生の物語 の目次へ

割れていく世界 — 分断される網の未来 — 誕生⑥

国境のなかった網が、いま国ごとに割れ始めている。中国のグレートファイアウォール、ロシアの主権インターネット法、そして2013年スノーデンが暴いた米国の地球規模監視。自由を運ぶ線は、そのまま監視を運ぶ線でもあった。連載の最終話は、「誰も所有しない」理想と「すべてを支配する」力が同居する、インターネットの正体を見つめる。

2026年7月14日

インターネットは、国境を持たずに生まれた。パケットは国旗を掲げず、どんな相手とも対等に対話する——それが、この網の理想だった。だが物語の現在地で、その理想は最大の試練を迎えている。世界を一つに繋いだはずの網が、いま国ごとに、思想ごとに、割れ始めているのだ。連載の最終話は、「自由を運ぶ線」がいかにして「監視を運ぶ線」に変わりうるかを見つめ、インターネットの正体に迫る。

  1. 1998年

    中国が「金盾」プロジェクトを開始。のちに海外サイトを遮断する「グレートファイアウォール」となる。

  2. 2013年6月

    元NSA職員スノーデンが、米国による地球規模の監視プログラムPRISMを暴露する。

  3. 2019年

    ロシアが「主権インターネット法」を施行。国内網を世界から切り離す権限を政府に与えた。

  4. 現在

    国ごとに分断された「スプリンターネット」が現実に。網は統治のツールへと変質しつつある。

万里の防火長城

世界を繋ぐはずの網が割れていく現象を、人々は「スプリンターネット」と呼ぶ。破片(splinter)と網(internet)を掛け合わせた言葉だ。政治、商業、ナショナリズムによって、国境のなかったインターネットが国ごとの島に分かれていく。その最も巨大な実例が、中国である。

中国は1998年、「金盾(ゴールデンシールド)」プロジェクトの一環として、国内の情報を検閲・遮断する仕組みの構築を始めた。世に言うグレートファイアウォール(防火長城)である。海外の主要なサイト——グーグルも、フェイスブックも、多くの国際ニュースも——遮断され、越境するインターネット通信は全体のわずか数パーセントにまで絞られた。だが、これは単なる「遮断」の物語ではない。壁の内側で、中国は独自の巨大なエコシステムを育てた。検索のBaidu、SNSのWeibo、通信のWeChat、EC のAlibaba。約七億人が暮らすこの空間は、世界のインターネットから切り離された、もう一つの「並行世界」となった。壁は、外を締め出すと同時に、内側に一つの完結した宇宙を作り出したのだ。

見ていたのは、権威主義国家だけではない

分断と監視は、専制国家だけの問題だ——そう思いたくなる。だが、2013年6月、その安易な線引きは崩れ落ちた。

元アメリカ国家安全保障局(NSA)の契約職員エドワード・スノーデンが、米英を中心とする諜報同盟「ファイブ・アイズ」による、地球規模の監視の実態を暴露したのだ。とりわけ衝撃的だったのが「PRISM」という計画である。NSAは、マイクロソフト、グーグル、フェイスブック、アップルといった巨大IT企業のサーバーから、直接ユーザーのデータを収集していた。前話で見た監視資本主義のインフラ——企業が集めた膨大な個人データが、国家の監視装置にそのまま流用されていたのだ。ジャーナリストのバートン・ゲルマンは、これを2001年の同時多発テロ以降、歴史的な制約を投げ捨てた監視体制だと総括した。

自由と民主主義を掲げる国家でさえ、安全保障の名のもとに市民を広範に監視していた。この事実は、重い問いを突きつける。分断や監視は、遠い異国の話ではない。監視の誘惑は、あらゆる国家に、あらゆる制度のもとに潜んでいる。

自由を運ぶ線は、監視を運ぶ線でもある

中国に続き、ロシアも網の国家統制を強めている。2019年に施行された「主権インターネット法」は、サイバー攻撃への備えという名目で、必要とあれば国内のネットワークを世界の網から物理的に切り離す権限を政府に与えた。さらに中国は、検閲・監視の技術そのものを他国へ輸出している。2025年に流出した資料からは、グレートファイアウォールの技術がカザフスタン、エチオピア、パキスタン、ミャンマーなどへ渡っていたことが明らかになった。

ここに、インターネットをめぐる最も冷厳な真実がある。遮断も、検閲も、監視も、突き詰めれば同じ一つの技術基盤の上に成り立っている。特定のサイトを遮断する技術は、そのまま反体制派を監視し、言論を検閲する道具になる。つまり、自由な情報を運ぶために設計された線は、そっくりそのまま、監視と統制を運ぶ線でもあるのだ。国家がネットを分断するとき、失われる最大のものは、市民の権利——プライバシーと、表現の自由である。

こうして連載は、出発点の問いへと還る。核を生き延びる分散網として、誰にも支配されないように生まれたインターネット。誰の所有物でもないオープンな言語として育ち、無料で世界に手放され、全人類に開かれた。だが同じネットワーク効果が、ビッグテックによる囲い込みを生み、同じ網の構造が、国家による監視と分断を可能にした。インターネットとは、「誰も所有しない」という理想と、「すべてを支配する」という力とが、一本の線の中に同居する装置なのだ。

この記事は役に立ちましたか?

この物語が面白かったら——

X LINE

参考ソース・元動画

このシリーズはここで完結です。

他のシリーズも読んでみてください。

他の物語を探す →

全話読破、おつかれさまでした!次はどんな物語が読みたいですか?

あなたの一票が、次の連載テーマになります。

その他・自由に書く →