クロニカ クロニカ
← 世界を繋いだ線 ― インターネット誕生の物語 の目次へ

ドットコムの熱狂 — ブラウザ戦争とバブル — 誕生④

無料で開かれたウェブに、資本が殺到した。ネットスケープとマイクロソフトのブラウザ戦争、そして「.com」とつくだけで株価が跳ねた狂乱の投機——ドットコムバブル。1995年から2000年でナスダックは6倍に膨らみ、そして78%が消えた。だが焼け跡から、アマゾンやグーグルが立ち上がる。理想の空間が、巨大ビジネスへと姿を変える転換点。

2026年7月14日

無料で世界に手放されたウェブは、理想主義の産物だった。だが、開かれた新大陸には、必ず金鉱を求める者たちがやってくる。1990年代後半、ウェブは人類史でも指折りの投機の舞台となった。ブラウザをめぐる企業戦争、社名に「.com」とつくだけで暴騰する株価、そして避けられなかった大崩壊。理想の空間が、巨大ビジネスへと姿を変えていく、その熱狂と幻滅の物語である。

  1. 1994年

    ネットスケープ社が設立され、ブラウザNavigatorが市場を席巻。ウェブの商業化が始まる。

  2. 1995年

    アマゾンとeBayが創業。マイクロソフトがInternet Explorerで参入し、ブラウザ戦争が本格化。

  3. 2000年3月10日

    ナスダック総合指数がピークに達する。ドットコムバブルの絶頂。

  4. 2002年10月

    ナスダックはピークから78%下落。バブル崩壊で無数のドットコム企業が消えた。

ブラウザという戦場

大衆化したウェブへの入り口、それがブラウザだった。入り口を制する者がウェブを制する——そう考えた企業たちが、最初の戦場に選んだのがここである。

先陣を切ったのは、Mosaicの開発者マーク・アンドリーセンらが1994年に設立したネットスケープ社だった。ブラウザNetscape Navigatorはたちまち市場を支配し、ウェブ上での買い物を暗号化するSSL、状態を記憶するクッキー、動きを与えるJavaScriptなど、今日のウェブの土台を次々と生み出した。だがその牙城に、巨人が牙をむく。1995年、ビル・ゲイツは社内メモ「Tidal Wave(高潮)」でインターネット制覇の戦略を打ち出し、Windowsに自社ブラウザInternet Explorerを標準搭載した。OSの圧倒的なシェアを背に、マイクロソフトはネットスケープを追い詰めていく。この「ブラウザ戦争」は、ウェブが理想の共有空間から、企業が覇権を争う市場へと変わったことを告げる号砲だった。

「.com」という魔法の呪文

ブラウザ戦争と並行して、より大きな狂乱が金融市場を飲み込んでいた。ドットコムバブルである。

1995年から2000年にかけて、投資家たちはウェブがもたらす「ニューエコノミー」に熱狂した。社名にインターネット関連の言葉や「.com」がつくだけで、まだ一円の利益も出していない企業に、ベンチャー資本がなだれ込んだ。合言葉は「get big fast(とにかく早く大きくなれ)」。多くの企業は利益を度外視し、市場シェアと知名度を奪うために広告へ湯水のように金を注いだ。株価収益率(PER)のような伝統的なものさしは無視され、期待だけが株価を押し上げた。ナスダック総合指数は、この五年間で実に約六倍に膨張する。日本のバブル期の日経平均さえ上回る過熱ぶりだった。

だが、宴には終わりが来る。2000年3月10日をピークに、ナスダックは崩落を始めた。2002年10月までに、指数はピークから78%を失い、バブル期の上昇分をほぼすべて吐き出した。ペット用品のPets.com、食品宅配のWebvan、通信のワールドコム——象徴的な新興企業が、次々と姿を消していった。理想を金に換えようとした熱狂は、無数の破産と失業の焼け跡を残して終わった。

焼け跡から立ち上がった者たち

バブル崩壊は、しかし、インターネットの終わりではなかった。むしろ、次の時代の主役を選び出す「ふるい」だった。

熱狂のなかで、地道に実体を築いていた企業がいた。アマゾンは株価を大きく減らしながらも生き延び、eBayは黒字を保ち、そして検索エンジンのグーグルが台頭してくる。皮肉なことに、崩壊はこれらの企業にとって好機だった。ライバルが次々と倒れ、優秀な人材と安くなった設備が市場にあふれる。生き残った少数の勝者は、焼け跡でシェアを一気に広げ、それぞれの分野を支配する巨人へと育っていった。さらにバブル期に通信会社が過剰に敷設した大量の光ファイバーは、皮肉にも次の十年のインターネット普及を支えるインフラとして残った。

こうして2000年代、インターネットは理想主義の実験場から、巨大な経済圏へと変貌する。無料で開かれた新大陸は、いまや少数の勝者が地図を描き直す舞台になった。

バブルの焼け跡から立ち上がった勝者たちは、やがて誰も逆らえない巨大な帝国になっていく。検索を、買い物を、人と人のつながりを一手に握り、私たちの日常のすべてを支える——そして、すべてを見る。無料だったはずの網は、静かに囲い込まれていく。物語は、沈黙のインフラと化したビッグテックへと続く。

この記事は役に立ちましたか?

この物語が面白かったら——

X LINE

参考ソース・元動画