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無料で手放された発明 — ウェブが世界を開いた日 — 誕生③

1989年、CERNの一人の科学者が、散らばった情報を結ぶ仕組みを提案した。ティム・バーナーズ=リーが生んだWorld Wide Web——URL、HTML、HTTP。そして1993年、CERNはこの発明を特許もライセンス料もなしに世界へ手放す。もし彼らが独占していたら、いまのウェブは存在しなかった。「無料」という選択が世界を変えた物語。

2026年7月14日

前話まで見てきたインターネットは、まだ技術者と研究者のための、少し敷居の高い空間だった。それを、世界中の誰もが使える場所へと一変させたのが、ウェブ(World Wide Web)である。そして、この発明の歴史でもっとも美しく、もっとも重大な一場面は、技術そのものではない。それを「無料で手放す」という、ある研究機関の決断だった。

  1. 1989年3月

    CERNのティム・バーナーズ=リーが提案書「情報管理:ある提案」を提出。ウェブの構想が生まれる。

  2. 1990年末

    最初のウェブサーバとブラウザが稼働。URL・HTML・HTTPという三つの基盤技術が定義される。

  3. 1993年4月30日

    CERNがウェブ技術を無償(royalty-free)で公開。誰もが自由に使える発明になった。

  4. 1993年

    ブラウザ「Mosaic」が登場。画像と文字を同じ画面に表示し、ウェブの爆発的普及を起こす。

一人の科学者の、小さないらだち

物語は、スイスの巨大な研究所CERNから始まる。世界中から集う一万七千人もの科学者が、それぞれ別の国の大学からやってくる。彼らが扱う膨大な情報は、あちこちのコンピュータにばらばらに散らばり、目当ての資料を見つけるのは一苦労だった。この非効率にいらだった一人の英国人科学者が、1989年3月、上司に一通の提案書を提出する。表題は「情報管理:ある提案」。それが、World Wide Webの出発点だった。

ティム・バーナーズ=リーの発想の核心は、二つの既存技術を「結婚」させることにあった。一つは、文書どうしをリンクで結ぶハイパーテキスト。もう一つは、前話までに育っていたインターネットである。彼は1990年末までに、必要な道具をすべて自作した。文書の場所を示すURL、文書を記述する言語HTML、そしてデータを運ぶ約束事HTTP。世界初のウェブサーバとブラウザは、彼のオフィスのNeXTコンピュータの上で動き出した。その機械には、赤インクの手書きでこう貼られていた——「これはサーバです。電源を切るな!!」。

「無料」という、世界を変えた決断

もしウェブの歴史に決定的な一日を選ぶなら、それは技術が完成した日ではない。1993年4月30日である。

この日、CERNは重大な発表をした。World Wide Webの技術を、誰に対しても無償で、いっさいの使用料なしに公開する。ソースコードを事実上パブリックドメインに置く、と。これによって、世界中の誰もが、許可も支払いもなしに、自由にウェブのサーバやブラウザを作り、機能を拡張できるようになった。

この決断の重みは、対照的な出来事と並べると際立つ。当時ウェブと人気を競っていた「Gopher」という別の情報システムは、その少し前に使用料の徴収を始めると発表していた。その瞬間、開発者たちはGopherから離れ、無料のウェブへとなだれ込んだ。もしCERNが同じように囲い込んでいたら、ウェブは一企業の商品として細々と生き、私たちの知る「世界中に開かれたウェブ」は決して生まれなかっただろう。無料で手放したからこそ、ウェブは公共財になった。

使いやすさが、扉を開いた

無料化が土壌を作り、そこに起爆剤が加わる。1993年、イリノイ大学のNCSAにいたマーク・アンドリーセンとエリック・ビナが、Mosaicというブラウザを世に出した。

Mosaicの何が革命的だったのか。それは、テキストと同じページの中に画像を並べて表示できたことだ。それまでのウェブは文字ばかりで、専門家向けの素っ気ないものだった。だがMosaicは、直感的な操作で、絵と文章の混じった画面を誰の目にも見せた。技術を知らない普通の人が、初めて「面白い」と感じるインターネットが、そこにあった。歴史家たちは、この1993年のMosaic登場を、ウェブの決定的な転換点と位置づけている。

翌1994年、アンドリーセンらはNetscape社を設立し、ブラウザNavigatorで市場を席巻していく。学者の道具だったウェブは、こうして一般大衆のメディアへと解き放たれた。ここで一つ、混同しやすい点を確かめておきたい。インターネットとウェブは同じものではない。インターネットは通信のインフラ(網の網)そのものであり、ウェブはその上で動く一つのアプリケーションにすぎない。だが、この「一つのアプリ」があまりに使いやすかったために、多くの人にとってウェブはインターネットそのものと同義になった。

無料で世界に開かれたウェブは、しかし、その理想のままではいられなかった。誰もが自由に参加できるこの新大陸に、莫大な資本が殺到する。一攫千金を夢見る投資家たち、社名に「.com」をつけるだけで株価が跳ね上がる企業たち。物語は、ブラウザをめぐる戦争と、史上まれにみる投機の熱狂——ドットコムバブルへと続く。

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