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デカップリング — 切り離される技術圏

米国は最先端の半導体を中国の手から遠ざけ、同盟国まで巻き込んで包囲網を敷いた。締め上げられた中国は国産化に賭ける。一台のスマートフォンが世界を驚かせ、人材は奪い合われ、ひとつだったはずの技術の世界は、ゆっくりと二つに裂けていった。

2026年6月11日

ルールをめぐる綱引きが続く水面下で、米中はもっと荒々しい動きを始めていた。互いの技術を引き剥がし、ひとつだったはずの世界を二つに切り分けようとする力――デカップリング(切り離し)である。

前話までに見たとおり、AIの心臓は最先端の半導体の上で動いている。そして、その最先端を握っているのは米国とその同盟国だった。ならば、その喉元を締めれば、相手のAIは前に進めなくなる。冷戦期の核や宇宙開発とは異なり、今回の戦場は、爪の先ほどの小さなチップの中にあった。

喉元を締める ― 輸出規制の応酬

口火を切ったのは米国である。米商務省の産業安全保障局(BIS)は2022年10月7日、過去最も広範とされる半導体の輸出規制を打ち出した。AIモデルの訓練に欠かせない高性能GPU、そして先端チップを作る製造装置を、中国が手に入れられないよう一気に封じる内容である。この網は、当時AI開発の主役だった高性能GPUを直接とらえるものだった。

中国はこれに対抗し、半導体材料となる希少金属の輸出を管理下に置くなど、自らが握る資源を切り札に応戦したと報じられている。やられたらやり返す――規制と対抗措置の応酬は、貿易摩擦という言葉ではもはや収まらない、技術をめぐる持久戦の様相を帯びていった。

注目すべきは、米国がこの規制を単独では行わなかったことである。最先端チップの製造には、特定の国の企業だけが作れる露光装置が欠かせない。米国は同盟国にも歩調を合わせるよう働きかけ、装置の供給国を巻き込んだ包囲網を築こうとする。経済安全保障という言葉が、外交の最前線へと押し出されていった。

同盟国を巻き込む ― 包囲網の形成

その包囲網の要となったのが、半導体製造装置で世界を握る欧州とアジアの企業群だった。とりわけ、極端紫外線(EUV)と呼ばれる最先端の露光装置は、オランダの一社が事実上独占している。この装置がなければ、最先端のチップは量産できない。

米国は、装置を持つ国に協調を求め続けた。オランダ政府は2023年、一部の露光装置の対中輸出に許可を必要とする規制を導入し、同年9月から運用を始める。日本も同年、半導体製造に関わる複数分野の装置に輸出管理を課した。米国、オランダ、日本――装置の供給源を握る三者が足並みをそろえる構図が形づくられたと、専門機関は分析している。

  1. 2022/10

    米BISが過去最広級の半導体輸出規制を発動。高性能GPUと製造装置を封じる。

  2. 2023/3

    日本が半導体製造装置の複数分野に輸出管理を導入。

  3. 2023/9

    オランダが一部の露光装置の対中輸出に許可制を適用、運用開始。

  4. 2023/9

    中国・ファーウェイがMate 60 Proを発売。国産7nm級チップ搭載が話題に。

  5. 2023/10

    米国が規制をさらに更新し、対象チップの範囲を拡大したと報じられた。

包囲が狭まるほど、中国に残された道は限られていく。買えないなら、自分で作るしかない――追い詰められた国は、国産化という険しい山道へ全力で踏み出すことになる。

自分で作る ― 国産化への賭け

その意志を世界に見せつけたのが、一台のスマートフォンだった。2023年9月、中国の通信機器大手ファーウェイは新型スマホ「Mate 60 Pro」を発売する。分解調査を行った専門機関は、内部に中国の半導体大手SMICが製造したとみられる7ナノメートル級のチップを確認したと報告した。

これは小さな、しかし重い衝撃だった。最先端の露光装置を断たれたはずの中国が、独自に先端級のチップを作り上げてみせたからである。設計から製造まで国内で完結させた成果と評され、中国が国産の半導体エコシステムを築こうとする取り組みに一定の前進が見られる、との見方が広がった。一方で、量産の歩留まりやコスト、最先端との世代差については評価が分かれており、これで包囲網を突破したと断じるのは早計だとも指摘されている。

国産化の動きは半導体だけにとどまらない。AIモデルの分野でも、中国の企業や研究機関は独自の大規模言語モデルを次々と発表し、性能を競い合うようになった。さらに、ソースコードを公開するオープンソースのモデルを積極的に打ち出す動きもみられる。技術を囲い込む陣営と、あえて開いて仲間を増やそうとする陣営――公開をめぐる戦略の違いも、デカップリングのもう一つの戦線となっていった。

人を奪い合う ― 見えない資源

切り離されたのは、チップやコードだけではなかった。最も希少で、最も移動しにくい資源――人材もまた、激しい争奪の対象となる。

トップクラスのAI研究者は、世界でもごく限られた数しかわない。一人の傑出した頭脳が、企業や国の競争力を左右することさえある。米国は世界中から才能を引き寄せる磁力を持ち続けてきましたが、中国もまた、好待遇や研究環境を整えて自国出身の人材を呼び戻し、あるいは育成に巨額を投じてきた。ビザや安全保障上の審査が厳しくなる中で、人の流れにも国境の壁が高くなりつつあると報じられている。

こうして、半導体、ソフトウェア、データ、そして人。AIを成り立たせるあらゆる要素が、米国を軸とする圏と、中国を軸とする圏へと、少しずつ仕分けされていった。ひとつの世界市場を前提に回ってきたグローバル化の歯車が、技術という最も先端の領域から逆回転を始めたのだ。完全な分断に至るのか、それともどこかで折り合うのか――その行方はいまも見通せず、評価は定まっていない。

確かなのは、AIをめぐる競争が、もはや企業の利益や経済の話にとどまらなくなったことである。技術圏の分断は、やがて国家の力そのもの――軍事、監視、そして人々の暮らしのかたちへと、深く食い込んでいく。技術を奪い合う米中の競争は、ここから経済を超え、戦争と社会のかたちそのものへと及んでいくのだ。

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