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世界順位118位の宿題 ― ジェンダーギャップという通知表

世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数で、日本は2025年版で148か国中118位、G7最下位だった。海外メディアは「先進国なのに」と驚き、批判を重ねる。だが数字の内訳を見ると、改善の兆しと根深い壁が同居している。称賛にも自虐にも傾かず、世界が突きつける通知表を冷静に読む第5話。

2026年6月13日

経済の凋落というナラティブを追ってきた前回の終わりに、私たちは「国際比較は、ある分野で日本に厳しい数字を突きつける」と予告した。その分野とは、男女の格差である。世界経済フォーラム(WEF)が毎年発表する「ジェンダーギャップ指数」で、日本は先進国のなかでも際立って低い順位に置かれ続けてきた。海外メディアはこれを「日本の宿題」「先進国らしからぬ通知表」としてしばしば取り上げる。けれど、順位の数字だけを見て「日本は遅れている」と断じるのも、逆に「ランキングなど当てにならない」と切り捨てるのも、どちらも単純にすぐ。この回では、世界が突きつける数字の中身を、できるだけ正確に、そして公平に読み解いてむ。

  1. 2006

    世界経済フォーラムがジェンダーギャップ指数の公表を開始する。経済・教育・健康・政治の4分野で各国の男女格差を数値化する試みとされる。

  2. 2023

    日本は146か国中125位と、当時としては過去最低の順位を記録したとされる。

  3. 2024

    日本は146か国中118位へと7つ順位を上げる。政治分野の改善が押し上げ要因とされた。

  4. 2025

    日本は148か国中118位。順位は横ばいで、G7では最下位が続いているとされる。

「118位」という数字の正体

まず、最新の数字を正確に押さえておきよう。WEFの「グローバル・ジェンダー・ギャップ・レポート2025」で、日本は調査対象148か国中118位でした(同レポートおよび各種報道による)。前年2024年は146か国中118位、その前の2023年は146か国中125位でしたから、ここ数年は120位前後で推移している、というのが実態に近い見方である。

ここで一つ、誤解を解いておく必要がある。この指数は「女性がどれだけ豊かか」を測るものではない。あくまで「同じ国のなかで、男性と女性のあいだにどれだけ差があるか」を測る相対的な物差しである。だからこそ、教育水準も平均寿命も世界トップクラスの日本が、総合で100位以下に沈むという、一見ふしぎな結果が生まれる。豊かさそのものではなく、男女の「差」を問う指標なのだ――この前提を外すと、数字の意味を読み違えてしまう。

そのうえで、日本がG7(主要7か国)のなかで最下位に位置し続けていることは、海外メディアが繰り返し指摘する点である。同じ2025年版で、イギリスは4位、ドイツは9位、アメリカは42位とされ、先進国のなかでの日本の位置取りはやはり際立つ。「経済大国でありながら、男女格差ではこの順位」というギャップそのものが、世界の関心を引く理由になっているのだ。

内訳を見ると、光と影がはっきり分かれる

総合順位だけでは、日本の実像は見えてかない。この指数は経済・教育・健康・政治の4分野に分かれており、日本は分野ごとの成績が極端にばらついているのが特徴である。

教育と健康の分野では、日本は世界の上位グループに入る。識字率も就学率も男女でほぼ差がなく、健康・寿命の分野でも高い水準を保っている。つまり「土台」の部分では、日本は決して遅れているわけではない。問題は残る二つ――経済参画と政治参画である。

経済分野では、女性の管理職比率の低さ、男女の賃金格差、非正規雇用に女性が偏る構造などが、順位を押し下げてきた。ただし2025年版では、経済参画のスコアが前年より改善したという報告もあり、ここは緩やかながら動いている領域だと見ることもできる。一方、最も深刻なのが政治分野である。国会議員や閣僚に占める女性の割合が低く、日本の衆議院で女性議員が占める割合はおよそ1割にとどまるとされる。2024年版では政治分野の順位が前年から大きく上がったものの、2025年版では女性閣僚の減少などを背景に政治分野のスコアがふたたび下がったと報じられた。改善と後退が、同じ国のなかで同時に起きているのだ。

海外の批判と、それへの反論

こうした数字を、海外メディアはどう語ってきただろうか。論調は、おおむね二つの方向に分かれる。

一つは、率直な批判である。世界第3位や第4位の経済規模を持つ国が、男女格差では新興国の多くにも順位で抜かれている――この落差を「先進国としての宿題」として指摘する報道は少なくない。意思決定層に女性が乏しいことは、企業の多様性や政策の幅にも影響するのではないか、という懸念も語られる。

もう一つは、指標そのものへの慎重な見方である。ジェンダーギャップ指数は4分野を均等に扱うため、政治分野の数値が総合順位に大きく効く。そのため「政治の数字一つで順位が乱高下し、社会全体の実感とずれることがある」という指摘も、専門家のあいだにはある。また、女性の就労率自体は近年上昇しており、共働き世帯も増えた。順位の低さと、現場での変化は必ずしも一致しない、という反論にも一定の説得力がある。

ここで本連載が取りたい立場は、どちらか一方に与することではない。「指標は完璧ではない」という反論は正しい。しかし同時に、「意思決定の場に女性が少ない」という事実が、複数の調査で一貫して示されていることもまた確かである。指標の限界を理由に課題そのものを否定するのは行きすぎであるし、順位の低さだけで「日本は女性差別の国だ」と断じるのも乱暴である。数字は完璧な答えではなく、議論を始めるための入り口だ――そう構えるのが、いちばん公平だろう。

変わりはじめた風景と、残る壁

最後に、変化の側面にも目を向けておく。近年の日本では、企業に女性役員比率の開示や目標設定を促す動きが広がり、政治の世界でも候補者の男女均等をうたう法律が整えられた。育児や介護を男女で担うという意識も、若い世代ほど高まっているとされる。これらは、世界が指摘してきた宿題に対する、内側からの応答だと見ることができる。

それでも、壁が消えたわけではない。長時間労働を前提とした働き方、家事や育児が女性に偏りがちな慣行、管理職を「男性の役割」と見る無意識の前提――こうした構造は、法律や数値目標だけでは簡単には動かない。順位が一年で数十も上下するのは、裏を返せば「制度はあるが定着していない」状態の表れとも読める。

世界が日本に突きつける「118位」という通知表は、確かに厳しい数字である。けれどそれは、日本という国の人間性を採点したものではなく、「意思決定の場に多様な人がいるか」という、一つの角度からの問いかけにすがない。その問いに、自賛でも自虐でもなく向き合えるかどうか。称賛される観光や文化と同じように、ここにも「外から見える日本」と「内側の実感」のずれがあり、そのずれを埋める作業こそが、宿題の中身なのかもしれない。

そして、世界が日本に向けるもう一つの視線がある。少子化と労働力不足が進むなか、この国はどこまで外に向かって扉を開くのか――。次回は、移民と多様性をめぐる国際的なまなざしと、開放と慎重の両論を、やはり中立にたどっていく。

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