技術立国の黄昏か ― ものづくり神話の現在地
かつて世界の半導体シェア半分を握り、家電もスマホも席巻した日本。その看板は半世紀で大きく揺らいだ。半導体は5%台へ、家電とスマホは世界市場から後退する。だが製造装置と素材では今も世界の急所を握る。神話と現実のはざまを、データでたどる。
2026年6月13日
「メイド・イン・ジャパン」。かつてこの四つの言葉は、世界中で品質と先進性の代名詞だった。テレビもラジカセも、ウォークマンも、そして半導体も——日本のものづくりは、二十世紀後半の世界を席巻したと語られる。けれど、その物語は今どこまで本当なのだろうか。海外メディアはしばしば「日本の技術力は落ちた」と書く。一方で「いや、日本はいまも世界の急所を握っている」という指摘もある。称賛と落胆、そのどちらにも傾かずに、ものづくり神話の現在地を、できるかぎりデータで確かめてむ。
- 1986
日米半導体協定が結ばれる。摩擦のなかで、日本の半導体産業は転機を迎える。
- 1988
世界の半導体シェアで日本企業が約50パーセントに達し、産業の頂点に立ったとされる。
- 2010年代
シャープが台湾の鴻海(ホンハイ)傘下に、東芝の白物家電事業が中国の美的集団へ。家電の象徴的企業が次々と外資の手に渡る。
- 2022
国策半導体会社ラピダスが設立され、最先端2ナノメートル品の国産化に挑むと発表される。
半分から5パーセントへ ― 数字が語る後退
まず、もっとも象徴的な分野である半導体から見ていく。ここには、ごまかしようのない数字がある。
業界資料によれば、1988年ごろ、世界の半導体市場で日本企業のシェアはおよそ50パーセントに達し、産業の頂点に立っていたとされる。当時、世界の半導体売上ランキングの上位は日本企業がずらりと占めていた。ところが、そのシェアは右肩下がりに縮小し、2019年には10パーセント程度に、近年の集計ではついに5パーセント台まで落ち込んだと指摘されています(データのじかん、セミコンポータル)。およそ三十年あまりで、シェアが十分の一にまで減った計算である。
なぜここまで後退したのか。理由は一つではないとされる。1986年に結ばれた日米半導体協定をめぐる貿易摩擦、垂直統合という古い事業モデルから水平分業(設計のファブレスと製造のファウンドリーの分業)への転換に乗り遅れたこと、過剰な品質を追い求めるあまり価格競争で韓国・台湾勢に敗れたこと——複数の要因が重なったと分析されている。評価は論者によって分かれるが、「日本の半導体が往年の地位を失った」という事実そのものに、大きな異論はない。
家電とスマホ ― 看板を手放した国
後退は半導体だけではない。かつて日本のお家芸とされた家電とスマートフォンでも、世界市場での存在感は大きく薄れた。
テレビや白物家電の世界では、二十世紀末まで日本ブランドが上位を独占していた。しかし2010年代に入ると、その構図は崩れる。経営難に陥ったシャープは台湾の鴻海(ホンハイ)グループの傘下に入り、東芝の白物家電事業は中国の美的集団へ、三洋電機のブランドも中国企業の手に渡った。日本を代表した家電メーカーの看板が、次々と外資のもとへ移っていったのだ。テレビ市場では、いまや韓国のサムスンやLG、中国勢が世界の上位を占めるとされる。
スマートフォンはさらに鮮明である。携帯電話がいわゆるガラケーだった2000年代、国内メーカーは日本市場で9割を超えるシェアを誇っていた。ところが、iPhoneの登場を境にその牙城は崩れる。現在の日本国内市場では、アップル、グーグル、サムスンの上位3社で約7割を占め、国内勢はシャープやFCNT(旧富士通系)を合わせても15パーセント台にとどまるとされます(テクノエッジなど)。世界市場に目を移せば、上位はサムスン、アップル、シャオミ、そしてアフリカ・新興国市場で伸びたトランシオンが並び、日本メーカーの名は上位ランキングからほぼ消えている。世界に売れるスマートフォンを、日本はもうほとんど作っていない——これも、受け入れざるをえない現実である。
見えない場所で世界を握る ― 残った強み
ここまでなら「日本のものづくりは終わった」という結論になりそうである。けれど、話はそこで終わらない。むしろ、海外の専門家がしばしば指摘するのは、日本の本当の強みが「目に見える完成品」から「目に見えない裏方」へ移ったという見立てである。
半導体を例にとりよう。日本企業はチップそのものを作る競争では後退しましたが、それを「作るための装置」と「作るための素材」では、いまも世界の急所を握っているとされる。半導体製造装置の世界では、東京エレクトロンが世界上位の常連であり、装置メーカーの売上上位に複数の日本企業が名を連ねる。素材の分野はさらに顕著で、回路を描くために不可欠なフォトレジストは世界シェアのおよそ9割を日本企業が占め、チップの土台となるシリコンウエハーも信越化学工業とSUMCOが世界をリードしているといわれます(電子デバイス産業新聞などの報道)。
つまり、世界中のどの国が最先端のチップを作ろうとしても、その製造ラインのどこかで日本製の装置や素材を使わざるをえない、という構図が残っているのだ。完成品の派手な勝負からは退いたものの、産業の根を押さえている——これは過小評価されがちな、もう一つの日本の顔である。さらに2022年には、最先端の2ナノメートル品の国産化を掲げる国策会社ラピダスが設立され、2027年の量産開始を目標に掲げた。成否はまだ見えませんが、後退をそのままにしない動きも始まっている。
黄昏か、それとも転身か
二つの極端な見方を、ならべてむ。
一方には「日本のものづくりは黄昏を迎えた」という落胆がある。半導体のシェアは十分の一に縮み、家電とスマホは世界市場から事実上退場した。完成品で世界の消費者の手に届くという意味での存在感は、明らかに小さくなっている。この後退を「気のせい」と片づけることはできない。
他方で「日本の製造業はまだ世界一だ」という自賛も、現実の一面しか見ていない。装置や素材で強いことは事実であるが、それは消費者の目に触れにくいぶん、国全体のイメージや雇用、最終製品の競争力に直結するとは限らない、という冷静な指摘もある。ラピダスのような巨額の国策投資も、まだ成果を出したわけではなく、過去にも国家プロジェクトが空回りした例は少なくない。
世界が日本のものづくりに見ているのは、無敵の技術大国でも、すっかり力を失った国でもなく、その中間にある姿である。表舞台での後退と、裏方での底力。黄昏と呼ぶか、転身の途中と呼ぶか——評価は分かれる。確かなのは、「メイド・イン・ジャパン」がかつてのような万能の看板ではなくなり、それでも産業の深い場所に強みを残している、という二重の現実である。
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